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神経系前駆細胞を元気にして水頭症を治す!?
論文紹介著者

馬場 庸平(博士課程 2年)
GCOE RA
生理学教室
第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月
Carter CS/Nat Med. 2012 Dec 6;18(12):1797-804
文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)
Carter CS, Vogel TW, Zhang Q, Seo S, Swiderski RE, Moninger TO, Cassell MD, Thedens DR, Keppler-Noreuil KM, Nopoulos P, Nishimura DY, Searby CC, Bugge K, Sheffield VC.
Nat Med. 2012 Dec 6;18(12):1797-804
論文解説
水頭症(※1)は、脳内で脳脊髄液の通り道である脳室が何らかの原因で拡大する疾患です。新生児の水頭症は比較的多い疾患で、1000出生に1-3人生じるといわれています。治療法として小児脳神経外科では脳室腹腔シャント手術(※2)などを行います。また、髄液の流れ道の閉塞(閉塞性水頭症)や髄液の産生過多などで発症原因が説明されることもありますが、多くの原因は未だ解明されていません。
一方で、髄液の流れ道の閉塞が無いのに水頭症を来すことを「交通性水頭症」といいますが、近年、脳室を覆う上衣細胞の運動性繊毛の構造異常・機能異常で発症することが明らかとなってきました。運動性繊毛や脳脊髄液の流れは神経系前駆細胞の正常な発生に必要であることが知られているものの、水頭症発症における神経系前駆細胞の役割についてはあまり研究されてきていませんでした。
今回著者らのグループは、ヒトの常染色体優性遺伝疾患であるBardet-Biedl Syndrome(BBS)のモデルマウスを用いて、神経系前駆細胞と水頭症の関連を調べました。
BBS変異マウスの脳の謎
彼らは以前にBBS1変異マウス(BBS1M390R/M390R)が、ヒトのBBSで認められるような脳室拡大(本文献ではBBS変異マウスにおける脳室拡大を水頭症と呼ぶ)を来すことを報告していましたが、詳細に調べると生後1-3日の間に脳室拡大を来すことがわかりました。脳室上衣の運動性繊毛は生後5-10日に成熟することから、BBS変異マウスでの脳室拡大の出現は運動性繊毛の機能とは独立して生じていることが考えられました。また脳室系の閉塞・脈絡叢の異常・髄液の性状などの水頭症を来しうる他の原因は認められないことも確認しました。
では、どのようにしてBBS変異マウスは交通性水頭症を来すのでしょうか?
側脳室周囲の細胞をTUNELアッセイ(アポトーシス状態の検証)とBrdUラベルアッセイ(細胞増殖能検定)で詳細に調べると、正常マウスに比べてアポトーシスが2倍の頻度で起こっており、細胞増殖が約半分になっていることがわかりました。次に、この細胞増殖の異常やアポトーシスの異常を来している細胞が、脳室周囲のどのような細胞なのかを丹念に調べたところ、神経系前駆細胞の一種である、NG2, PDGFR-αを発現する(NG2+PDGFR-α+) オリゴデンドロサイト前駆細胞(OLPs; oligodendrocyte precursor cells)であることがわかりました。OLPsは細胞の増殖の頻度も約半分になっていました。アポトーシスの増加と細胞増殖の低下でBBS変異マウスの脳ではOLPsが少なくなっていたのです。
神経系前駆細胞が原因? 謎は細胞のレベルに
BSS変異マウスの脳のOLPsに変化があることが見いだされた訳ですが、OLPsにおけるBbs1の変異だけで本当に水頭症を来すのかを調べるために、彼らはコンディショナルノックアウトマウスという遺伝子欠損マウスを作製しました。このマウスは、PDGFR-αが発現する(PDGFR-α+)細胞でBbs1が発現しないように遺伝子工学で細工されています(他の細胞では正常にBbs1は作られるので、他の細胞の影響が極力少なくできる)。 このマウスでは、見事なほど予想通り、全身のBbs1が変異した先述のマウスと同様に水頭症を必ず来したのでした。このマウスの脳でも、アポトーシスの増加・細胞分裂の減少は観察され、そのほとんどはNG2+PDGFR-α+のOLPsで生じていました。これらから、Bbs1がPDGFR-α+の神経系前駆細胞において機能しないと、水頭症を来すことがわかりました。
謎は細胞の中へ Bbs1の関わる細胞内シグナル伝達
ではこの細胞でBbs1はどのようにして神経系前駆細胞の増殖をコントロールしているのでしょうか? PDGFαは先述のPDGFRαに特異的に結合しますが、このPDGFαがOLPsの生存・増殖に関わっていることが知られています。彼らはこのシグナルとの関係を調べてみました。通常、PDGFαが作用するとその受容体であるPDGFRαと、PDGFαのシグナルの下流で細胞増殖に関わる分子であるAktやGSK3βはリン酸化という修飾を受けますが、BBS変異マウスから分離したOLPsでは、この反応が減弱していました。また、正常のマウスの脳室内にPDGFαを注入すると脳室に増殖性の細胞からなる過形成性の結節が形成され、PDGFR-αを発現する神経系前駆細胞の増殖が認められましたが、BBS変異マウスではこの反応が起こりませんでした。つまり、BBS変異マウスはPDGFαに反応しなくなった結果、神経系前駆細胞の生存・増殖が障害されていることが示されました。また、BBSomeとよばれるBBSの遺伝子産物からなる複合体にPDGFR-αが物理的に結合していることも免疫沈降法で確認され、BBSの発症原因にはPDGFαシグナルの機能不全が根底にあることがわかりました。
水頭症を薬で治す
さらに、彼らはこの水頭症を薬剤にて治療できないかを試みています。リチウムは、臨床的にも使用される物質ですが、先述のAktやGSK3βを活性化して前駆細胞の生存と増殖を促進する作用があることが知られています。これをBBS変異マウスの妊娠中の母親に投与すると、生まれたBBS変異マウスの脳室の大きさを50%も小さくすることに成功しました。BBS変異マウスの脳では、アポトーシスの頻度は変化しないものの、増殖性の神経系前駆細胞の数が2倍に増加して、正常のマウスとほぼ同じになっていました(図)。
今回、NG2とPDGFR-αを発現する神経系前駆細胞が新生児期水頭症の病態の鍵を握っていることが初めて明らかになりました。交通性水頭症の原因として、これまでは脳室上衣の運動性繊毛の機能異常、脳脊髄液の過量産生、脳の萎縮などが明らかとなっていましたが、これに加えて神経系前駆細胞の生存と増殖不全が直接的な原因となりうることが示されたことで、BBSのみならず、他の交通性水頭症の発生機序の解明・治療法開発に道が開かれました。
これまでの水頭症治療はシャント手術などの髄液のコントロールが中心となっていました。神経系前駆細胞もその原因となることが明らかとなり、今後は新しい概念での診断法・治療法選択を考えていく必要が出てくると思われます。神経系前駆細胞の増殖の障害で生じる水頭症の治療に、内科的な薬剤治療が臨床応用される日も近いかもしれません。
図: BBS変異マウスの脳室は前駆細胞の増殖・生存の障害により拡大を来すが、リチウム投与により前駆細胞の障害が緩和され脳室が縮小した(左)。リチウムは細胞内でPDGF-αのシグナルの下流にあるAktやGSK3βを活性化して神経系前駆細胞の増殖・生存を促進する(右)。
用語解説
- ※1 水頭症:
脳の内部には脳室と呼ばれる空間があり、脈絡叢(みゃくらくそう)という組織で産生された脳脊髄液と呼ばれる液体が流れています。この脳室が拡大した病気を水頭症といいます。先天性・後天性、小児・成人、遺伝性・非遺伝性のさまざまな原因で起こりえます。症状も多彩で、病態により大きく異なりますが、小児では頭位の拡大や妊婦検診の超音波検査で発見されることがあります。 - ※2 シャント手術:
水頭症の外科的な治療法です。脳室内と、おなかなどの余分な髄液を吸収してくれる部分とをチューブで短絡(シャント)する手術です。

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