慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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補体C1qはWntシグナルの活性化を介して細胞を老化させる

論文紹介著者

宮前 結加(博士課程 3年)

宮前 結加(博士課程 3年)
GCOE RA
病理学

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Atsuhiko T. Naito/Cell 149:1298-1313, June 8, 2012

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Atsuhiko T. Naito, Tomokazu Sumida, Seitaro Nomura, Mei-Lan Liu, Tomoaki Higo, Akito Nakagawa, Katsuki Okada, Taku Sakai, Akihito Hashimoto, Yurina Hara, Ippei Shimizu, Weidong Zhu, Haruhiro Toko, Akemi Katada, Hiroshi Akazawa, Toru Oka, Jong-Kook Lee, Tohru Minamino, Toshio Nagai, Kenneth Walsh, Akira Kikuchi, Misako Matsumoto, Marina Botto, Ichiro Shiojima, and Issei Komuro. Complement C1q Activates Canonical Wnt Signaling and Promotes Aging-Related Phenotypes. Cell. 149:1298-1313, 2012

論文解説

我々の体には体内に侵入した異物や微生物を排除するために働く補体と呼ばれるタンパク質が存在します。補体で最初に反応する成分である補体第一成分(C1)は、血液中を3つの複合体C1q-r-sの形で浮遊しており、免疫複合体(※1)を介して異物と結合することで補体の活性化を促し、異物細胞膜に穴をあけることで異物排除へと導きます。そのように体を異物から守ってくれるはずの補体ですが、その成分の中に実は体内の細胞老化を促進してしまう分子が含まれていることが明らかにされました。本論文では、その老化の原因となりうる分子について紹介しています。

補体の活性化には3つの経路があり、古典経路・レクチン経路・副経路が存在します。老化を促進するとされるのはそのうち古典経路の開始に関与するC1qと呼ばれる分子でした。

筆者らは若いマウスに比べて高齢マウスの血中にC1qが上昇しており、それに伴いWntシグナル(※2)の活性化が上昇していることをつきとめました。筆者らは、これまでにWntシグナルの異常な活性化は、細胞の老化により誘発されるガン・心不全・糖尿病・動脈硬化などの発症に関わることを確認しており、今回のマウスによる知見からC1qによるWntシグナルの活性化がそのような疾患の引き金になるのではないかと述べています。

まず筆者らは若いマウスと高齢マウスの血中及び組織中のC1q発現量を比較しました。


(論文より引用)

A. ELISA法によるマウスの血清中のC1q濃度測定値。高齢ほどC1qの血清濃度は上昇している。
B. TOPFLASHアッセイによるWntシグナル活性測定値。高齢マウスの血清中ほど活性化が上昇している。
C. イムノブロット法によるマウスの各組織中のC1qタンパク量。高齢ほどC1qの発現は上昇している。

その結果、高齢マウスの血中及び様々な組織内でC1qの発現は上昇していること、またそれに呼応してWntシグナルの活性化が亢進していることが確認されました。

さらに、若いマウスにC1qを投与することで高齢マウスにみられるような骨格筋再生異常が起こり、C1qによるWntシグナルの活性化を阻害すると、その再生異常は改善されたことから、C1qはWntシグナルを介して骨格筋の再生異常をもたらすことが明らかになりました。


(論文より引用)

D.細胞老化マーカー(β-gal galactosidase)染色。マウスの骨格筋損傷部位においてC1q処理により細胞老化が亢進した。

また、筆者らはWntレセプターであるFrizzledとC1qが結合することを免疫沈降により証明しています。さらに、WntレセプターであるLRP6を過剰発現させた肝腫瘍細胞に、補体を含むヒト正常血清をかけると培養上清中にLRP6のN末フラグメントが上昇することをイムノブロットにより確認しています。つまりこれらのことから、補体中のC1qがFrizzledに結合することで細胞膜上のLRP6が切断を受け、培養上清中に分泌されていることを示しています。


(論文より引用)

E. C1qによるWntシグナル活性化メカニズム。
C1qがWntレセプターであるFrizzled(※3)に結合するとC1r, C1sが順次活性化され、活性化C1qによりLRP5/6(※3)が切断され、Wntシグナルが活性化する。

今回の知見から老化を招くタンパク質C1qを同定したことより、Wntシグナルの阻害もしくはWntレセプターとC1qの結合を阻害することで、ガンや糖尿病などの老化から引き起こされる様々な疾患を予防できる可能性が示唆されました。Wntシグナルは発生や臓器形成、また幹細胞の維持に関わる重要な活性経路である一方で、細胞老化の引き金となりうることより、幹細胞の分化・増殖を研究する上で重要な因子であると考えられます。

用語解説

  • ※1 免疫複合体:
    抗原と抗体の特異的結合物。
  • ※2 Wntシグナル:
    ショウジョウバエからヒトまで広く保存され、形態形成、幹細胞の自己複製に至る様々な生命に重要な役割を果たすシグナル伝達経路。
  • ※3 Frizzled, LRP5/LRP6:
    Wntレセプター。Wntが結合することでシグナル伝達が開始する。

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