慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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幹細胞の自己複製能を制御する因子とは?

論文紹介著者

会津 心之亮(博士課程 1年)

会津 心之亮(博士課程 1年)
GCOE RA
薬理学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Ting Chen/Nature 485, 104-110, 2012

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Ting Chen, Evan Heller, Slobodan Beronja, Naoki Oshimori, Nicole Stokes, Elaine Fuchs. An RNA interference screen uncovers a new molecule in stem cell self-renewal and long-term regeneration. Nature. 485: 104 110, 2012

論文解説

幹細胞とは多分化能と自己複製能を持つ細胞で、個体の発生や組織の再生時に様々な細胞を供給する役割を担っています。幹細胞の活性や分化能を制御することで、失われた組織や機能を再生できる可能性があるため、再生医療への応用が期待されています。しかし、幹細胞の自己複製能や分化能の制御には様々な因子が関係してくるため、その解析は困難です。

この複雑な機構を解析するのに筆者らが選択したのが毛包幹細胞、つまり髪の毛を作り出す細胞です。髪の毛は生涯を通じて、伸長と休止を繰り返しています。したがって、頭皮では常に幹細胞の複製能や分化能は制御されている状態だと考えられます。つまり、毛包幹細胞は幹細胞における自己複製能の制御因子を調べる対象として最適であると筆者らは考えたわけです。毛の元となる毛母細胞は毛包幹細胞から供給されます。毛包幹細胞は普段、毛穴の壁面にある窪み、バルジと呼ばれる場所に存在しているのですが、必要なときに活性化して毛穴の奥に移動し、分化して毛母細胞などを供給します。さらにこの時、自己複製をして毛包幹細胞をバルジに補充し、その機能を維持しています。では、どのようにこの機構が制御されているのでしょうか。

この疑問に答えるため、筆者らはRNA干渉(※1)を利用し、遺伝子の発現を制御することで、毛包幹細胞の自己複製能に関連する因子を探し出しました。RNA干渉を用いることによって、幹細胞に多量に発現している約2000種の候補遺伝子から、細胞の自己複製能に対して長期的に強い影響を与える75の因子を特定したのです。さらに筆者はこの中から、他の多くの組織に発現しているものの、幹細胞との関連では研究されてこなかったTBX1という転写因子に注目し、この転写因子が生体内でどのような役割を行なっているのか、マウスを使って検証を行いました。

すると、上皮細胞でTBX1が働かないようにしたマウス(下図左)は、普通のマウス(下図右)と比べ、毛の再生に非常に時間が掛かることがわかりました。さらに、TBX1が欠損した状態で毛髪の再生を繰り返すと、幹細胞の自己複製能を維持するための特殊な環境であるニッチが縮小してしまうことも明らかとなりました。つまり、毛包幹細胞が担う毛髪再生機構の中で、TBX1が重要な役割を果たしていることが証明されたのです。

しかし、これだけではTBX1を欠損すると細胞にどのような影響があるのか、その詳細な機構はわかりません。そこで、次に著者らは網羅的な遺伝解析により、TBX1を欠損させた際に発現量が抑制または活性化される遺伝子群を特定しました。そしてその中に、骨形成タンパク質(BMP)シグナル(※2)に関係する遺伝子があることを見出しました。TBX1を欠損させた細胞では、BMPシグナルによって幹細胞の自己複製が抑えられることがわかったのです。BMPシグナルは組織の恒常性の維持や、ニッチの形成に関わる因子として知られています。TBX1はこれらを制御するとても重要な因子であったのです。

今回の研究で幹細胞の自己複製能に関わる転写因子が同定されました。また、今回のようなスクリーニングを行うことで、他の因子に関しても解析が進んでいくかもしれません。すぐに応用への道が開けるわけではないですが、とても興味深い研究です。皆さんも興味を持ったらぜひ、研究の世界に飛び込んでみてください。一緒に頑張りましょう。

用語解説

  • ※1 RNA干渉:
    遺伝子の発現は、DNAから遺伝情報をコピーしたmRNAが翻訳されることで行われる。しかしこのとき、翻訳されるmRNAと同じ遺伝情報を持った二本鎖RNAが存在すると、mRNAは分解され、翻訳ができなくなる。これをRNA干渉という。このことを利用し、人工的に二本鎖RNAを導入することにより、任意の遺伝子の発現を抑制することができる。比較的新しい技術であるが、その簡便さと遺伝子解析の重要性から、急速に利用が広まっている。
  • ※2 骨形成タンパク質(BMP)シグナル:
    骨形成タンパク質(BMP)ファミリーはもともと、骨の成長を誘導できる分泌性サイトカインとして骨中から発見されたが、その後の研究により、全身の構造や発生過程に影響を与える重要な物質であることがわかってきた。BMPが伝えるシグナルは胚のパターン形成、幹細胞の発生、さらには組織の恒常性の維持や再生にも関わっていると考えられている。遺伝子組換えBMPは、すでに臨床的に使用されており、再生医療における重要なツールになる可能性を秘めている。そのため、BMPが果たす役割を詳細に分析することが期待されている。

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