慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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移植された神経幹細胞は免疫系にも作用する

論文紹介著者

堀 桂子(博士課程 1年)

堀 桂子(博士課程 1年)
GCOE RA
整形外科学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Melania Cusimano/Brain. 2012 Feb;135(Pt 2):447-60. Epub 2012 Jan 23.

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Cusimano M, Biziato D, Brambilla E, Donega M, Alfaro-Cervello C, Snider S, Salani G, Pucci F, Comi G, Garcia-Verdugo JM, De Palma M, Martino G, Pluchino S.
Transplanted neural stem/precursor cells instruct phagocytes and reduce secondary tissue damage in the injured spinal cord. Brain. 2012 Feb;135(Pt 2):447-60. Epub 2012 Jan 23.

論文解説

研究の概要

脊髄損傷は、外傷などにより、損傷部以下の運動・感覚などが麻痺する病態です。自然回復が期待できないため、これまで世界中で治療方法の研究が進められてきました。近年では、神経幹細胞(解説※1)移植が失われた機能の回復に有効とわかり、注目を浴びています。神経幹細胞移植による回復のメカニズムについては、移植細胞による損傷部の架橋や、神経の軸索(解説※2)を取り巻く髄鞘(解説※3)の再形成などが考えられてきました。とはいえ、いまだに未解明な点も多いとされています。

今回紹介する論文は、イギリスのケンブリッジ大学の研究グループのものです。彼らは、損傷後の脊髄に移植した神経幹細胞のなかに、免疫系の細胞に直接働きかけて微小環境を変化させるようになるものがあると指摘しました。神経幹細胞の移植により、傷ついた神経組織が修復されるだけでなく、局所の炎症様式も神経の回復に支持的な環境に変化すると示した、たいへん興味深い論文です。

研究方法と結果

著者らは、マウスの脊髄損傷モデルにたいし、神経幹細胞を損傷後7日目、もしくは21日目に移植し、6週間経過観察しました。このうち、運動機能回復がみとめられたのは7日目に移植した群のみでした。しかし移植後の脊髄を調べると、どちらの群においても術後7週目の時点では脊髄の広い範囲に移植細胞が存在し、移植時の0.5~1%程度の細胞が生き残っている所見でした。なかでも脊髄損傷部より外に集まっている細胞のなかには、損傷部の辺縁で、明らかな神経系マーカーを発現せずに、血管やマクロファージ(解説※4)様の細胞と近在している細胞がみとめられました。この部分をさらに詳しく観察すると、移植細胞とマクロファージ細胞の間に結合がみられ、何らかの相互作用がおきていると考えられました。(図)


図:移植細胞(緑)とマクロファージ(青)が結合蛋白(赤:コネキシン)
を介して結合しているのが確認できる
[Cusimano M et al. Brain 2012;135:447-460から引用]

そこで、こんどは脊髄における免疫細胞の割合を調べたところ、神経幹細胞を移植した群ではマクロファージのうち、M1マクロファージ(解説※5,炎症において、局所に対する攻撃作用が強いとされる)が約1/5に減少し、樹状細胞(解説※6)も減少しているなどの変化がありました。一方、M2マクロファージ(解説※7,炎症において、創傷治癒などを促す作用があるとされる)の割合は変化していませんでした。またリンパ球においても、Tリンパ球やBリンパ球などの割合が変化していました。これらにより、神経幹細胞を移植したことで免疫細胞の割合や遺伝子の発現形式が変化することで、局所の環境が創傷治癒に有利な方向に傾いていることが示唆されました。

しかし、神経幹細胞には本当に免疫系のはたらきを変化させる能力があるのでしょうか?これを確認するために、研究グループは、神経幹細胞と免疫系細胞を、培養皿で一緒に培養する実験も行いました。これらの細胞を隣り合った環境下で共培養すると(trans well法)、免疫系細胞による炎症性サイトカインの発現が減ったことが確認されました。これにより、神経幹細胞には免疫系細胞の機能を変化させる能力があると示されました。生体内でも似たような作用がおきている可能性が示唆されました。

今後の課題と展望

今回の実験により、移植された神経幹細胞が免疫系に複数の変化をもたらし、局所の環境を損傷脊髄の機能回復に有利な方向に導いている可能性が示唆されました。これは移植細胞が神経に分化する以外にも作用を示すと明らかにした点で、強いインパクトがあります。

今後は、このような免疫系の変化がその後どのようにして神経機能の回復に結びつくのか、また神経幹細胞にはほかにも作用があるのか、などを明らかにするのが課題といえます。詳細なメカニズムが解明されることで、今後、より効率の良い細胞移植療法など、新たな治療法の開発につながると期待されます。

用語解説

  • ※1 神経幹細胞:
    神経系の様々な細胞に分化する能力、および自己複製する能力を兼ね備えた、未分化な細胞。
  • ※2 軸索:
    神経細胞の細胞体から伸びる細長い突起で、神経の活動電位の伝導に加え、神経週末と細胞体との間の物質交換に役立っている。肉眼的に見える「神経」は軸索の束とその周囲の結合組織からなる。
  • ※3 髄鞘:
    神経細胞の軸索の周りに存在する絶縁性のリン脂質の層。神経活動電位の伝導を高速にする働きを持つ。グリア細胞の一種であるシュワン細胞とオリゴデンドロサイトからなる。
  • ※4 マクロファージ:
    免疫機能をになう白血球の1種。異物や細菌を貪食し消化するとともに、その抗原としての情報をT細胞などに伝える、炎症物質を出し炎症を誘導するなどの作用をもつ。機能的に少なくともM1型とM2型の2種類のあることが知られている。
  • ※5 M1マクロファージ:
    免疫を活性化する作用があるとされるマクロファージ。細菌、ウイルス、真菌等の感染時に活性化し、それら病原体の排除に重要な化学伝達物質(TNFα、IL-6、NOSなどのサイトカイン)を産生する。
  • ※6 樹状細胞:
    免疫細胞の一種であり、異物や細菌を取り込んで、ほかの免疫系細胞に提示する役割を持つ。
  • ※7 M2マクロファージ:
    免疫を抑制する作用があるとされるマクロファージ。創傷治癒のほか、寄生虫感染、アレルギー応答、脂肪代謝、がん転移などに関与する。

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