慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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乳酸菌を取り込むと、細胞も若返る?! ~"人間、またしても発酵食品のお世話になる"の巻~

論文紹介著者

田井 育江(博士課程 2年)

田井 育江(博士課程 2年)
GCOE RA
発生・分化生物学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Kunimasa Ohta/PLoS One. 7(12):e51866,2012

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Kunimasa Ohta, Rie Kawano, Naofumi Ito. Lactic Acid Bacteria Convert Human Fibroblasts to Multipotent Cells. PLoS One. 7(12):e51866,2012

論文解説

皆さん「ヨーグルト」食べた事ありますよね。
牛乳を「乳酸菌」で発酵させて作る「ヨーグルト」。
食べる理由はいろいろあるでしょう。おいしい、おなかの調子をよくしたい、などなど。
世の中の研究者はいろいろなことを研究していて、中には「ヨーグルトを食べると老化が抑えられる」という研究を行っている人もいます。試しにGoogleで検索すればいろいろとたくさん研究結果が出てきます。
腸とかによさそうだし、元気なおばあちゃんとかが家で作ったりしてそうだし、まぁよくわからんがそういうこともありえるんじゃあないかな、というくらいには皆さん同意できるんじゃないかと思います。

ここまでは取り立てて異論はないのですが、今回取り上げる論文の結果は意外です。「乳酸菌を『細胞が』食べると若返る」というのです。細胞には腸はありません。「悪玉菌」もいません。免疫細胞でなければ、免疫細胞としての反応もありません。何なのでしょうか?

この論文の著者たちは、腸内細菌が腸の表面にある細胞に与える影響を調べる目的で、腸内細菌をマウスの細胞に振りかけました。マウスなどの細胞はよく培養皿で育てられ利用されますが、培養皿に細胞を入れるとき、一緒に生きた乳酸菌を加えたのです。

すると、細胞は通常ならひとつひとつが培養皿の底面に広がって付着するのですが、乳酸菌と一緒に培養皿に播かれた細胞は、細胞同士が雪だるまのように互いにくっつき、ボールになって底面に散らばりました。この「雪だるまのようなボール」という状態は、細胞が未分化な状態、つまり、どのような細胞になるかがまだ決まっておらず、何にでもなり得る状態にあるときの特徴です。

こうしてできた「ボール」内では、乳酸菌が細胞の中に取り込まれていました。また、幹細胞の性質をいくつも持っており、NanogやHoxといった、幹細胞やiPS細胞のしるし(マーカー)と言える遺伝子を多く発現していることがわかりました。

この細胞に特定の処理を施し、いろいろな臓器を構成する細胞へと変化を促してみたところ、実際に神経細胞や骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞と見られる細胞へと変化できることが確認されました。実は、この論文で乳酸菌と一緒に播いた細胞は、腸の細胞ではなく線維芽細胞という皮膚などに存在する細胞だったのですが、この結果により、線維芽細胞に乳酸菌を取り込ませることにより、既に「線維芽細胞」という専門の細胞へと変化を終えていた細胞が変化前に戻り(「初期化」と言います)、神経や軟骨などという全く異なる細胞に変化する能力を得たということができます。

これは大まかにいえば、iPS細胞の作成と似た現象です。iPS細胞の作製においては通常、腫瘍の形成を促進する可能性のある遺伝子導入を行わねばならず、iPS細胞から作った組織による再生医療には、安全性上の懸念があります。乳酸菌を使って作成したiPS細胞(のような細胞)から組織を作り、再生医療を行う可能性を考えると、遺伝子導入を使わず、また、誰もが日常的に「食べる」という形で接している材料でそれが可能になるというのは、安全性面での大きな革新になる可能性があります。

実際、この論文で用いた乳酸菌というのは、
Lactobacillus acidophilus...チーズ、ヨーグルトなどの製造に非常によく使われる。
Streptococcus thermophilus...これもチーズ、ヨーグルトなどの製造に非常によく使われる。

Lactobacillus ssp. ...これもヨーグルトなどによくある。
Lactococcus lactis ssp. lactis (...同上)
というもので、これらをどれも口にしたことがないという方はほとんどいないのではないかと思えるほど乳製品においてメジャーなものです。
食べているものならばすなわちそれでiPS細胞を作って使っても安全ということにはなりませんが、今までの手法で乗り越えられなかった問題の一部が、乳酸菌による手法で回避できる可能性はあるでしょう。

これは全く新しい、意外なところからの発見でした。iPS細胞の研究では、遺伝子の操作やタンパク質の導入といった手法ばかりが研究されており、微生物との共培養などという一見アナログな方法でiPS細胞に近い細胞が作れるとは夢にも思われていませんでした。こんな単純な方法で再生医療にもつながりうる現象が起こせるというのはすごいですよね。

しかし、まだ改良できるポイントもあります。例えばiPS細胞が使っている遺伝子の一部はこのボールの中では働いておらず、さらに、12日程度の培養で増殖を停止してしまいます。つまり、既存の幹細胞には及ばない点がいくらかありそうなのです。また、乳酸菌が細胞を初期化するメカニズムはまだ全く不明で、単一の遺伝子やタンパク質と違って関与し得る成分があまりにもたくさんあるため、少し解明には時間がかかるかも知れません。

まだ私は健康で差し当たり再生医療のお世話になる予定はないので、とりあえずいつも通りにヨーグルトを食べておこうかな(おいしいので)と思っています。今でも私たちのおなかの調子に役立ってくれていますが、乳酸菌が再生医療という形でも私たちを助けてくれる日がいつか来るのかもしれません。スーパーの乳製品コーナーに立ち寄ったら、ヤオヨロズの神のような何兆匹ものありがたい生き物がそこにいることを思い描いてください。彼らはいつでもそこで待っています。

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