慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
English

世界の幹細胞(関連)論文紹介


ホーム > 世界の幹細胞(関連)論文紹介 > FUS/TLSとTDP-43 二つのALS原因遺伝子の交差点

FUS/TLSとTDP-43 二つのALS原因遺伝子の交差点

論文紹介著者

鈴木 将貴(博士課程 3年)

鈴木 将貴(博士課程 3年)
GCOE RA
解剖学

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Clotilde Lagier-Tourenne/Nature neuroscience, 15(11):1488-97, Sep 30, 2012

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Lagier-Tourenne C, Polymenidou M, Hutt KR, Vu AQ, Baughn M, Huelga SC, Clutario KM, Ling SC, Liang TY, Mazur C, Wancewicz E, Kim AS, Watt A, Freier S, Hicks GG, Donohue JP, Shiue L, Bennett CF, Ravits J, Cleveland DW, Yeo GW.
Divergent roles of ALS-linked proteins FUS/TLS and TDP-43 intersect in processing long pre-mRNAs, Nat Neurosci.15(11):1488-97, 2012

論文解説

筋萎縮性側索硬化症(ALS)※1は成人発症の重篤な神経変性疾患であり、発症後の進行は早く、半数ほどが3年から5年以内に呼吸筋麻痺により死亡する。現在のところ根治療法はなく、原因の究明および治療法の開発が切望されている。

ALSの原因遺伝子として近年注目されているfused in sarcoma/ translated in liposarcoma (FUS/TLS)※2の変異では運動神経の細胞質内にFUS/TLSの蓄積が観察され、また、もう一つの原因遺伝子であるTAR DNA-binding protein 43 (TDP-43)※3は弧発性ALS患者の運動神経細胞内局在に異常が認められる。しかしながらFUS/TLSおよびTDP-43が病態メカニズムにどのように関わっているかは解明されていない。

TDP-43およびFUS/TLSはいずれもRNAのプロセシング※4に関わっている。すでにTDP-43が結合するRNAの領域は明らかにされ、長いイントロン※5を有するmRNA前駆体の維持に関わっていることが報告されている。一方でFUS/TLSが結合するRNAの領域とターゲット遺伝子、およびその機能は明らかにされていない。

今回の研究ではFUS/TLSの機能解析とTDP-43との共通点、そしてALSの病態への関連性について検討している。

まず彼らはマウスおよびヒトのFUS/TLS抗体を用いて、FUS/TLSがRNA配列のどのような領域に結合するのかを解析した。すると、マウスとヒトのFUS/TLSが結合する領域は良く似ていることがわかった。詳細な解析の結果、マウスおよびヒトFUS/TLSが結合する共通の配列としてGUGGUが明らかとなり、割合としてはFUS/TLSはエクソン※5から2kb以上離れたイントロンに多く結合することが分かった。FUS/TLSが実験的に結合した数を縦軸に、遺伝子領域を横軸にとるとノコギリの刃に似た図になる。これはsaw tooth like パターンと呼ばれ、FUS/TLSが新しく合成されているRNAに結合し、転写伸張のスピードアップをはかっていると考えられる。

FUS/TLSはエクソンや非翻訳領域にも結合している。広汎な解析によりFUS/TLSとTDP-43は共通のターゲット遺伝子を持つことが明らかとなり、それらの遺伝子の多くは神経の成熟やシナプスの形成に関わる遺伝子であることがわかった。

次にマウスの脳室からFUS/TLSまたはTDP-43に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド※6を投与し、動物実験レベルでそれらのタンパク質が合成されないように制御してFUS/TLSおよびTDP-43の役割を検討した。それぞれのターゲットの遺伝子発現を比較したところ、共通に発現が低下している45の遺伝子が見つかった。ターゲット遺伝子のほとんどは長いイントロンを有しており、イントロン内にFUS/TLSおよびTDP-43の結合領域を多数持っていた。

FUS/TLSは選択的スプライシング※7に関わることが報告されているが、FUS/TLSのタンパク質を合成できないマウスの脳では374の異なるスプライシングが起こっていた。このうちFUS/TLSとTDP-43の両方により制御されているスプライシング領域は83あり、うち78はFUS/TLS発現抑制マウスとTDP-43発現抑制マウスで同じスプライシング変化が起こっていた。

それまでの実験結果を更にヒトに近い条件で検証するため、ヒトES細胞から分化させた神経前駆細胞と神経細胞のFUS/TLSおよびTDP-43の発現をそれぞれのshRNA※8により抑制して表現系を確認した。するとマウスにおける遺伝子抑制実験と同様に、長いイントロンを有する様々な遺伝子(PARK2, SMYD3, NRXN3, NLGN1, NKAIN2, ATXN1, KCND2, IPW, KCINP4など)の発現が低下していた。

12人の弧発性ALS患者から1000の運動神経を採取し、長いイントロンを持つ遺伝子群の発現レベルを検討した。しかしながら、それぞれの遺伝子発現で減少傾向は見られるものの、ほとんど優位差が認められなかった。彼らは、TDP-43の影響の程度が個々の神経によって異なることが原因と考えた。そこで11人の弧発性ALS患者の一つ一つの神経に対してTDP-43またはFUSのターゲット遺伝子(PARK2, SMYD3, KCINP4)とTDP-43の蓄積の相関性を免疫染色により検討した。その結果、TDP-43の細胞質への蓄積が多い神経細胞ではターゲット遺伝子が優位に減少していた。

以上の結果からTDP-43やFUS/TLSの細胞内局在が変化することでターゲット遺伝子のmRNA前駆体にスプライシング異常が起こり、TDP-43とFUS/TLSが共有するターゲット遺伝子の発現に異常が起こる。共通のターゲット遺伝子として神経機能に関与する遺伝子が認められたことから、それらの遺伝子発現異常によってALSの病態が引き起こされている可能性が明らかとなった。

用語解説

  • ※1 筋萎縮性側索硬化症(ALS):
    上位運動ニューロンおよび下位運動ニューロンが進行性に脱落し、全身の筋萎縮を伴う疾患。発症平均年齢は53.4歳で、人工呼吸器を使用しなければ多くは5年以内に死亡する。根治療法はなく、薬物治療として唯一リルゾールのみ延命効果が認められる。
  • ※2 fused in sarcoma/ translated in liposarcoma (FUS/TLS):
    ALSの原因遺伝子の一つ。mRNA前駆体に結合してスプライシングを調節する。
  • ※3 TAR DNA-binding protein 43 (TDP-43):
    ALSの原因遺伝子の一つ。DNAおよびRNAに結合するタンパク質で主に核内に局在する。ALSの病態では運動神経の細胞質に蓄積したTDP-43が観察される。
  • ※4 RNAのプロセシング(加工):
    DNAを鋳型として合成されたままの1本の鎖状のmRNAでは、足りない構造や余計な配列がたくさんあるためタンパク質へと翻訳することができない。したがってRNAは加工される必要があり、特に真核生物では5'末端側にキャップ構造、3'末端側にポリアデニル基が付加され、タンパク質の設計に関わらない領域は削除される。この過程をプロセシングという。
  • ※5 エクソンとイントロン:
    遺伝子上でアミノ酸に翻訳される(タンパク質の設計図となる)領域をエクソン、翻訳されない領域をイントロンと呼ぶ。多くの遺伝子はエクソンとイントロンを両方含んでいるが、それぞれの長さは遺伝子によって多様である。
  • ※6 アンチセンスオリゴヌクレオチド:
    主に動物実験で用いられる遺伝子発現抑制法の一つ。発現を抑制したい標的遺伝子に相補的な一本鎖RNAまたはDNAを投与することにより、翻訳を抑制(アンチセンスRNA)、またはRNAの分解を誘導することができる(アンチセンスDNA)。
  • ※7 選択的スプライシング:
    前駆体RNAが実際に翻訳に利用される成熟RNAへと作り上げられる過程で、タンパク質の設計図に含まれないイントロンが除去される。この過程をスプライシングと呼ぶ。更にタンパク質の設計図を含むエクソンも、時と場合によって設計図に取り入れられたり省かれたりと取捨選択される。この取捨選択の過程を選択的スプライシングと呼ぶ。
  • ※8 shRNA(small hairpin RNA):
    ヘアピン型をした短い1本鎖RNAで、実験的に遺伝子発現を抑制する方法の一つ。選択的に標的遺伝子mRNAの分解を誘導させることができる。

Copyright © Keio University. All rights reserved.