慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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造血幹細胞を冬眠させる細胞はなんと神経系の細胞だった!

論文紹介著者

原田 聖子(博士課程 3年)

原田 聖子(博士課程 3年)
GCOE RA
生理学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Satoshi Yamazaki/Cell. 2011 Nov 23;147(5):1146-58.

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Nonmyelinating Schwann cells maintain hematopoietic stem cell hibernation in the bone marrow niche. Yamazaki S, Ema H, Karlsson G, Yamaguchi T, Miyoshi H, Shioda S, Taketo MM, Karlsson S, Iwama A, Nakauchi H.Cell. 2011 Nov 23;147(5):1146-58.

論文解説

背景

造血幹細胞(HSCs)は、血液のもとになる細胞で骨髄中に存在しています。みなさんが生まれてから一生を終えるまでに、骨髄中のHSCsは主に「自己複製」(幹細胞としての自分のクローンを作る)と「様々な血液細胞への分化」(幹細胞から成熟した細胞へと姿を変える)という使命を持ち、働き続けています。
しかし、全てのHSCsが常に働き続けているわけではありません。みなさんの骨髄中に存在しているHSCsの数は非常に少なく(三万個に一個の頻度と言われています)、一斉に血液細胞に分化してしまうと体の中の造血幹細胞はあっという間に無くなってしまいます。そのため、骨髄中のHSCsの大部分は「冬眠状態」を保って存在しています。そして、それぞれが数週間から数ヶ月に一度分裂して、血液細胞へと姿を変えていきます。

この造血幹細胞の冬眠の仕方は、リスの冬眠と似ています。
これまでの研究によって、HSCsが冬眠状態にある時にはFOXOという転写因子が核内にあり、冬眠状態から目覚めるためには、活性化された(リン酸化)FOXOが核から細胞質へ移動することが重要であると言うことが分かっています。また、その際にHSCsの膜表面に脂質ラフト(膜タンパク質や膜に移行しようとしているタンパク質を載せて運ぶいかだ)の集積が観察されました。その集積を抑えると試験管の中でもHSCsの冬眠を再現することができます。その集積を抑える因子、TGF-βであるということを筆者たちは以前の実験で明らかにしていました。(EMBO J. 25: 3515-23, 2006, Blood 113: 1250-1256, 2009)

骨髄から外に出たHSCsは、すぐに周りからのシグナルを受けて眠りから覚め、活動をし始めます。このことから,骨髄中のHSCsが住むのに最も適した場所(ニッチ)では、HSCsを冬眠状態にさせるための特別な環境があるのではないか?と考えられていましたが、これまでは明らかになっていませんでした。

今回の論文の内容のまとめ

今回の実験では、このようなことが明らかになりました。

  1. 骨髄中の造血幹細胞ではTGF-β/Smadシグナリングが活性化されている
  2. 骨髄内でTGF-βを活性化している細胞は、神経系細胞の一種であるGFAP陽性のグリア細胞であった(ただし、非ミエリン形成グリア細胞であった。)
  3. GFAP陽性の細胞は、間葉系幹細胞とは区別される細胞であった
  4. 活性化されたTGF-βを介して、造血幹細胞は冬眠状態になることが分かった

今回の論文でもっとも驚いたのは、骨髄ニッチの中で、神経系の細胞であるグリア細胞が造血幹細胞とやりとりをしながら、造血幹細胞の冬眠状態の制御に関わっているということでした。
私は現在、骨髄中に存在している間葉系幹細胞を対象に研究を行っていますが、今回の論文のようにまだ知られていない細胞間の相互作用やシグナル伝達機構を一つでも明らかにできればいいなと思いました。


図 今回の論文のまとめ(http://www.jst.go.jp/pr/announce/20111124/index.htmlより)

用語解説

  • TGF-β(Transforming Growth Factor-beta):
    もともと細胞をがん化して(transform)して増殖する活性をもつ因子として見出されました。しかし、今では増殖因子としての機能だけではなく、細胞分化や発生やアポトーシスの制御など、非常に多彩な生理活性を持ったタンパク質であることが明らかになっています。
  • グリア細胞:
    神経系を構築している細胞は、主に神経細胞とグリア細胞と言われています。脊椎動物の中枢神経系において、グリア細胞は神経細胞の10-50倍程度多く存在していると言われています。また、神経細胞の細胞体、樹状突起、軸索を取り囲み神経系の形態形成に関与していると言われています。中枢神経系には四種のグリアが存在しており、それぞれのグリアに特異的な細胞マーカーが明らかになっています。(今回のGFAPもそのマーカーの一つです。)
  • 間葉系幹細胞:
    骨髄中には造血幹細胞と間葉系幹細胞が存在しています。造血幹細胞は名前の通り、血液のもとになる細胞です。一方、間葉系幹細胞は骨や脂肪や軟骨へと分化する細胞です。

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