慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
English

世界の幹細胞(関連)論文紹介


ホーム > 世界の幹細胞(関連)論文紹介 > 高品質なiPS細胞作製のキーファクターZscan4の同定

高品質なiPS細胞作製のキーファクターZscan4の同定

論文紹介著者

下門 大祐(博士課程 1年)

下門 大祐(博士課程 1年)
GCOE RA
生理学

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Jing Jiang/Cell Res. (2012) :1-15.

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Jing Jiang, Wenjian Lv, Xiaoying Ye, Lingbo Wang, Man Zhang, Hui Yang, Maja Okuka, Chikai Zhou, Xuan Zhang, Lin Liu, Jinsong Li
Zscan4 promotes genomic stability during reprogramming and dramatically improves the quality of iPS cells as demonstrated by tetraploid complementation

論文解説

はじめに

再生医療において、患者自身の細胞よりiPS細胞を作製、分化させたのち自家移植による治療を行うことが期待されています。しかし、iPS細胞作製時に、不完全なリプログラミングが生じ、腫瘍形成の原因となることが提唱されています。このリスクを回避するために、これまでに、初期化因子の導入方法の改良、用いる初期化因子の組み合わせの変更、腫瘍の原因となる未熟細胞の除去など、多岐に渡る検証がなされてきました。

研究成果

筆者らは腫瘍を生じないiPS細胞を作製すべく、導入する初期化因子の種類を検討しました。この研究では、腫瘍化の原因となりうるDNAの損傷をγ-H2AX(※2)の発現量を指標として検出し、様々な初期化因子の組み合わせによるその発現変化を検討しました。その結果、一般的に山中4因子として知られるOct4、Sox2、Klf4、c-Mycに加えてDppa3、NPM2もしくはZscan4を導入した場合に、γ-H2AXの発現量が減少することが明らかとなりました (図1)。このことは、これら3因子がiPS細胞の誘導時にDNAの損傷を阻害している可能性を示唆しています。続いて、iPS細胞の誘導効率を、山中4因子とDppa3、NPM2もしくはZscan4を用いた場合でそれぞれ比較したところ、Zscan4を用いた場合はiPS細胞の誘導効率が70倍程度に亢進することがわかりました。Zscan4は洪実教授(慶應義塾大学医学部)らがマウスES細胞のTelomerase非依存的なテロメア(※1)の維持、およびゲノムの安定性と半永久的な増殖に必須な遺伝子として同定したものであり、その後の洪教授らの研究によってiPS細胞の誘導効率を亢進させるとともに、iPS細胞を着床前胚の状態に近づける働きがあることが明らかとなっています。

図1.細胞初期化におけるDppa3/NMP2/Zsac4の働き
図1.細胞初期化におけるDppa3/NMP2/Zsac4の働き

筆者らは、Zscan4がどのようにしてiPS細胞の誘導効率を亢進させるかを、p53と関連付けて解析しました。p53はDNAの損傷によって発現量が亢進し、DNAの修復を行うとともに、DNAを修復しきれない場合に生じる細胞死を誘導します。また、iPS細胞の誘導に必須なNanogの発現を抑制し、iPS細胞の誘導効率を下げることが知られています。そこで、筆者らはiPS細胞の誘導過程におけるp53の発現量を観察しました。この結果、Zscan4を用いた場合はp53の発現量が減少し、その下流の標的であるp21の発現量も減少していることがわかりました。これは、Zscan4がDNAの損傷を防ぐことで、DNA損傷によって引き起こされるp53の発現を阻害していることによるものと考えられます (図2)。

図2. Zscan4による初期化効率の上昇のメカニズム
図2. Zscan4による初期化効率の上昇のメカニズム

次に筆者らはこのようなDNA損傷の阻害がどのように引き起こされるかを検証しました。この結果、Zscan4を用いた場合はテロメア長が伸長されていることがわかりましたが、テロメレース活性は亢進されていませんでした。しかし、テロメア領域の相同組み替えの頻度が上がっていることから、Zscan4は高頻度なテロメアの組み換えによってDNAを安定的に保っていることが明らかとなりました。最後に筆者らは、Zscan4を用いて誘導したiPS細胞の品質をテトラプロイドレスキュー法(※3)によって検証しました (図3)。この結果、Zscan4を用いて作製したiPS細胞は、19例中11例においてキメラマウスを得ることができました。Zscan4を用いなかった場合、12例中1例しかキメラマウスを得られなかったことから、Zscan4がiPS細胞の品質を高めている可能性が示唆されました。

図3. Zscan4によるiPS細胞の品質の向上
図3. Zscan4によるiPS細胞の品質の向上

まとめ

Zscan4はiPS細胞の誘導過程において、DNAの損傷を防止している可能性が示されました。また、DNAの損傷によって誘導されるp53の活性化を防止することで、iPS細胞の誘導効率を亢進させることがわかりました。さらに、Zscan4を用いて作製されたiPS細胞はテトラプロイドレスキュー法によって判定されるところの良い品質のiPS細胞であることが明らかとなりました。

本研究の課題

本論文では、Zscan4を用いて作製されたiPS細胞の腫瘍形成リスクに関する検証はなされておらず、DNAの損傷に関してもγ-H2AXの発現量等によってDNA損傷への応答が観察されているのみで、DNAの損傷が実際に防がれているかは明らかにされていません。今後は、iPS細胞由来の組織の腫瘍形成リスクやゲノムの異常を直接的に解析する必要性があるといえるでしょう。

用語解説

  • ※1 テロメア:
    染色体の末端にある反復配列からなる構造。細胞分裂のたびに短くなる。ある一定以下の長さになると細胞が増殖しなくなる (ヘイフリック限界) ことから、細胞の寿命の長さを規定する要因の一つであると考えられている。
  • ※2 γ-H2AX:
    DNAは通常、ヒストンタンパク質に巻き付いた状態で存在している。DNAに損傷が生じると、損傷部位の近傍においてヒストンタンパク質であるH2AXがリン酸化を受け、γ-H2AXになる。これによってDNAを修復する因子群(MDC1、NBS1、BRCA1、 53BP1、FANCD2、Chk2等)がリクルートされる。これらの因子は様々なシグナル分子を損傷部位に集積させ、DNA修復やATMによるリン酸化を効率よく行うための足場として機能すると考えられている。
  • ※3 テトラプロイドレスキュー法:
    マウスES細胞やiPS細胞の品質をチェックする手法。4倍体の胚は通常発生することができないが、胎盤などの胚外組織を形成することはできる。そこで、4倍体の胚にiPS細胞やES細胞などの多能性を持った細胞をインジェクションすることで、全身がiPS細胞やES細胞に由来する個体を作製することができる。ただし、そのようなことができるiPS細胞やES細胞は、高度に未分化状態が保たれ、染色体が正常である必要性がある。よって、この手法はES細胞やiPS細胞の品質をチェックする手法として用いられる。

Copyright © Keio University. All rights reserved.