慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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癌抑制遺伝子p53の変異はメバロン酸経路を活性化することで、正常な乳腺の構造を失わせる

論文紹介著者

岡崎 章悟(博士課程 1年)

岡崎 章悟(博士課程 1年)
GCOE RA
先端医科学研究所遺伝子制御研究部門

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

William A. Freed-Pastor/Cell, 148, 244-258, January 20, 2012

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

William A. Freed-Pastor, Hideaki Mizuno, Xi Zhao, Anita Langerod, Sung-Hwan Moon, Ruth Rodriguez-Barrueco, Anthony Barsotti, Agustin Chicas, Wencheng Li, Alla Polotskaia, Mina J. Bissell, Timothy F. Osborne, Bin Tian, Scott W. Lowe, Jose M. Silva, Anne-Lise Borresen-Dale, Arnold J. Levine, Jill Bargonetti and Carol Prives. Mutant p53 Disrupts Mammary Tissue Architecture via the Mevalonate Pathway. Cell 148, 244-258, 2012

論文解説

p53(※1)は癌においてもっとも高確率に変異が認められる癌抑制遺伝子で、ヒトの癌では、30~50%の確率で何らかの変異を持つと報告されています。今回紹介する論文の著者、Carol Privesは、この、変異型p53の研究における代表的な研究者の一人です。
遺伝子の変異には、大きく分けると二種類存在します。一つは、遺伝子の全体、または一部が翻訳することができなくなり、遺伝子の機能を失ってしまう場合、もう一つは、タンパク質の一部のアミノ酸が、異なるアミノ酸に置換されてしまうことで正常な機能を失う、または新たな機能を獲得してしまうというものです。p53の変異は、前者の遺伝子欠失に比べ、後者のアミノ酸置換が圧倒的に多いという点で、他のがん抑制遺伝子とは大きく異なっています。また、遺伝子改変マウスでの解析結果より、p53を欠失したマウス由来の腫瘍と、アミノ酸置換を持った変異型p53を持つマウス由来の腫瘍では、異なる特徴を示すことが示されています。以上の事実より、アミノ酸置換による変異型p53は、その機能を失っているだけではなく、新たに何らかの機能を獲得していることが示唆されます。しかし、変異型p53がどのようにして癌化を促進しているかということは、まだ、はっきりとは解明されていません。今回紹介する論文では、この、変異型p53が、どのように癌化に寄与しているのか、その一因を解析した論文になります。
変異型p53が癌に及ぼす影響の解析として筆者らは、まず、2種の変異型p53を有する乳癌細胞株を用い、3次元培養技術により、その乳腺構造形成への影響を解析しています。3次元培養を行うと、正常乳腺細胞は管腔構造を構築することが可能ですが、これらの癌細胞ではほとんど形成することができず、主に無秩序な構造をとります。しかし、変異型p53の遺伝子発現を低下させると、正常に近い、管腔構造をとる細胞の割合が増加します。


図1.(左・写真)三次元培養した時に乳腺細胞がとる構造。右側の2つは正常な細胞がとる管腔構造で、左に行くほどその構造が崩れた状態。(右・グラフ)DOXが-になっているものは変異型p53を発現している状態、+になっているものは変異型p53の発現を減少させた状態。変異型p53が減少すると、管腔構造を形成する細胞の割合が増加していることが分かります。

本文Figure 1.より引用、一部改編

また、筆者らは、この時、ステロイド合成に関与する遺伝子群の低下が起きていることを見出しています。さらに、ステロイド合成経路であるメバロン酸経路(※2)の阻害剤であるシンバスタチンは、乳癌細胞株の管腔構造形成割合を増加させたことから、メバロン酸経路の活性化が変異型p53により生じており、乳腺構造の崩壊を誘導することを証明しました。


図2.(上)変異型p53は、脂質代謝を調整する転写因子、SREBPと複合体を形成することでメバロン酸経路関連遺伝子の発現を上昇させる。(下)p53に変異がない乳腺細胞は管腔構造を形成するが、p53に変異が入ることで無秩序な構造をとる。しかしスタチン系薬剤を作用させることで、正常の管腔構造に近い状態に戻すことができる。

Graphical Abstractより引用

変異型p53を持つ乳癌にて、メバロン酸経路関連遺伝子の発現上昇は、実際の臨床においても見られ、また、そのような癌では予後も悪いことも示されています。
以上のことより、変異型p53を持つ乳癌に対して、スタチン系薬剤が有効かもしれないということが示されます。スタチン系薬剤は、高脂血症に対して広く用いられている薬剤で、コレステロールの合成を阻害することで、血中コレステロールを下げます。コレステロールは細胞膜の重要な構成成分であることから、スタチン系薬剤でコレステロール合成を抑制すれば、癌の増殖を抑えることができるのではないかということは以前より言われていて、実際に、スタチン系薬剤が癌細胞を抑制するという報告はたくさんあります。今回紹介した論文では、メバロン酸経路が細胞増殖のみならず、乳腺の構造形成にも関与していることを示しており、癌に対するスタチンの作用について、今後、さらなる期待が寄せられます。スタチンは世界一の売り上げを誇る医薬品と言われていますが、癌で高頻度に見られる変異型p53を持つ癌に効果を示すことから、将来、スタチン系薬剤が、高脂血症のみならず、乳癌をはじめとする、多くの癌の治療でも用いられる日が来るかもしれません。

用語解説

  • ※1 p53:
    癌において、変異が最も頻繁にみられる癌抑制遺伝子。アポトーシスや細胞増殖サイクルなど、多くの現象の制御にかかわっているとされる。多くの癌抑制遺伝子では変異により機能が失われることで、癌化に寄与するが、変異型p53に関しては、機能喪失のみならず、何らかの機能を新たに獲得することで、癌に有利な形質を与えている証拠がいくつか発見されている。
  • ※2 メバロン酸経路:
    アセチルCoAを出発物質とし、コレステロールやステロイドなど、多くの重要な生体内物質の合成に関与する経路である。メバロン酸経路に含まれるHMG-CoA還元酵素は高コレステロール血症治療薬であるスタチン系薬剤の標的分子であり、コレステロール合成を抑制することで血中コレステロールを減少させる。

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