慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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アストロサイトの性格はどうやって決まる?

論文紹介著者

近藤 崇弘(博士課程 2年)

近藤 崇弘(博士課程 2年)
GCOE RA
生理学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Hui-hsin Tsai/Science 337, 358(2012)

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Regional Astrocyte Allocation Regulates CNS Synaptogenesis and Repair
Hui-Hsin Tsai, Huiliang Li, Luis C. Fuentealba, Anna V. Molofsky, Raquel Taveira-Marques, Helin Zhuang, April Tenney, Alice T. Murnen, Stephen P. J. Fancy, Florian Merkle, Nicoletta Kessaris, Arturo Alvarez-Buylla, William D. Richardson, David H. Rowitch
Science 337, 358(2012)

論文解説

中枢神経系である脳や脊髄には非常に多くのニューロン(神経細胞)が存在しているが、それ以上多くあるのがアストロサイトである。

従来情報処理はニューロンが担っていると考えられており、支持細胞であるアストロサイトの機能は血液脳関門の維持や、ニューロンの支持・保護・栄養補給など安定した環境の提供などであると考えられてきた。しかし、近年アストロサイトが、シナプス形成の調整やニューロンとの伝達物質のやり取りを直接行っている可能性がある等の報告がされ始め、その機能多様性に注目が集まっている。

アストロサイトは存在する領域によって遺伝子発現や電気的、機能的プロパティが違う。例えばニューロン近傍に存在するアストロサイトはシナプスに放出された過剰な神経伝達物質を取り込んだり、シナプスそのものを形成したり、また脳内毛細血管にまとわりつき脳血流量の調節を行ったりもする。アストロサイトはニューロンの産生が終了する時期から生み出され、アストロサイトが発生後どのようにそれぞれの場所に移動していくのか(migration)等、不明な点が多い。

Tsaiたちは、マウス胎児期の脊髄の異なった領域に由来するアストロサイトにそれぞれ異なる蛍光標識を付けて細胞の動向を観察した。その結果、アストロサイトの性格は、生まれた場所によって定められる事を見出した。

本論文では以下のことを確かめた。

  1. アストロサイトは生まれた場所によってmigrationの仕方が違うのかどうか。
  2. 損傷等の理由でアストロサイトが欠落した領域が出来た場合、近隣のアストロサイトが移動してきて補完してくれるのか。

1.アストロサイトは生まれた場所によってmigrationの仕方が違うのかどうか

アストロサイトが発生時にどのようにmigrationするかについて、モデルが2つ提唱されている。
一つはmixingといって様々な方向に移動する方法(mixing)と、上下方向には移動せずに横方向にだけ移動する方法(segmental)である(図1)。


図1.アストロサイトのmigrationモデル

マウスの脊髄の異なった領域に由来するアストロサイトに選択的に標識を付けて、それぞれのアストロサイト前駆細胞がどのようにmigrationするかを調べた。

そこで、放射状グリア(解説1)というVZ(解説2)からmigrationしたアストロサイトは放射状に広がるが(mixingモデル)、それ以外の領域から発生したアストロサイトは上下方向にはmigrationしないこと(segmental)がわかった。さらに、他の領域には 脊髄の腹側の中央(ventral midline)にとどまるものもいる(図2)。


図2.ある領域(p3領域)から発生したアストロサイト(緑)は腹側中央に集積する。

2.損傷等の理由でアストロサイトが欠落した領域が出来た場合、近隣のアストロサイトが移動してきて補完してくれるのか。

ジフテリア毒素(解説3)を用いて、領域選択的にアストロサイトを除去し、近隣のアストロサイトが欠損部分を補充するかを確かめた(図3)。しかし、これらの崩壊した領域は近所の領域からのアストロサイトの移動はなく、補完されなかった。


図3.領域選択的アストロサイトの除去。
A領域特異的にジフテリア毒素遺伝子(DTA)を発現させる仕組み。B脊髄背側だけに移動するアストロサイト
(Pax3)を特異的に除去したものと、脊髄腹側だけに移動するアストロサイト(Olig2)を特異的に除去したもの。

Tsaiらは、最後にこれらの結果について、領域を厳しく制限されたアストロサイトの移動・集積は一般的な中枢神経系の現象であり、これは損傷等の欠損がっても変わらない制限であると述べた。この理由として、アストロサイトの存在場所は厳格に決められており、そのために神経全体の構造が保たれているのかもしれない、とまとめた。

このようなアストロサイトが脳全体を領域的・機能的に調整しているということは、つまりはアストロサイトがニューロンに働きかけている可能性も十分考えられ、神経幹細胞の移植の際にはニューロンやオリゴデンドロサイトだけではなく、アストロサイトについても注意する必要があるのかもしれない。

用語解説

  • ※1 放射状グリア:
    ※2 脳室帯(Ventral Zone :VZ):
    発生初期の中枢神経系は脳室を取り囲む管状構造(神経管)をしているが、その最も脳室側で神経上皮細胞(未分化な神経幹細胞)によって構成されているのが脳室帯(ventral zone)である。この神経上皮細胞が分裂を繰り返すことによりニューロンが産生される。発生の進行につれて神経上皮細胞は丈を伸ばし、放射状グリアと呼ばれるようになる。放射状グリアはグリアの1種とみなされており、ニューロンが移動する際の足場となることが知られているが、別の顔としてそれ自身が分裂しニューロンやグリア細胞を生み出す神経前駆細胞であることがわかってきた。
  • ※3 ジフテリア毒素:
    ヒトやサルなどと異なりマウスはジフテリア毒素に非感受性であるが、それはマウスがジフテリア毒素受容体をもたないためである。遺伝子改変技術により標的となる細胞群にジフテリア毒素受容体を発現させてマウスを作製し、ジフテリア毒素を加えるとその細胞群が死んでしまう。この技術により狙った細胞だけを除去しその機能を探ることが出来るようになる。

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