慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
English

世界の幹細胞(関連)論文紹介


ホーム > 世界の幹細胞(関連)論文紹介 > 老化したニッチでは筋肉幹細胞は静止状態を保てない

老化したニッチでは筋肉幹細胞は静止状態を保てない

論文紹介著者

松元 芳子(博士課程 4年)

松元 芳子(博士課程 4年)
GCOE RA
発生・分化生物学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Joe V. Chakkalakal/18 October, 2012, Vol 490, Nature, 355-362

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Nature. 2012 Oct 18;490(7420):355-60. doi: 10.1038/nature11438. Epub 2012 Sep 26.
The aged niche disrupts muscle stem cell quiescence.
Chakkalakal JV, Jones KM, Basson MA, Brack AS.

論文解説

京都大学山中伸弥先生のノーベル賞受賞で話題になっているiPS細胞の正式名称は、induced pluripotent stem cell-つまり、人工的に誘導された多能性をもつ幹細胞という意味で、一度分化してしまった細胞を、あらゆる種類の細胞への分化能を持つように人工的に時間を巻き戻した幹細胞です。
一方私たちの体の中にある体性幹細胞は、造血系幹細胞は造血系の成熟細胞を、神経系幹細胞は神経系の分化細胞を、というように、ある程度分化できる方向性が定まっています。この論文で題材になっている幹細胞は筋肉を作り出す筋幹細胞(muscle stem cell(MSC))です。
幹細胞はニッチと呼ばれる特別な微小環境において幹細胞としての未分化性・自己複製能と分裂能を維持され、必要に応じて分裂・分化して成熟した細胞を作り出す一方、細胞分裂を行わない静止状態で維持されています。MSCは分化・成熟した筋原繊維のすぐそばにPax7陽性のsatellite cellとして存在し、この筋原繊維がニッチとして機能していると考えられます。本論文で筆者らは、老化に伴うMSCのニッチ環境の変化が、MSCの維持にどのような影響を与えるのかについて実験を行っています。

Pax7+のsatellite cellは老化とともにその数が減少します。その原因を知るために、マウス体内の細胞を一定期間H2B-GFPという蛍光タンパクで標識し、これの細胞分裂に伴う薄まり度合いで、Pax7+satellite cellの細胞分裂速度を評価しました。すると老化したマウスのsatellite cellは若いマウスのsatellite cellよりも早く分裂している(=静止期を離脱している)ことがわかり、筆者らは、老化マウスのsatellite cellが静止状態を保てず必要以上に分裂・分化してしまうことが、satellite cellの減少につながっていると考えました。また、老化マウスおよび若いマウスからのPax7+ satellite cellを用い、移植あるいはin vitro cultureによって性質を評価したところ、老化マウス由来のsatellite cellは、特に静止期を離脱した細胞において自己複製能・分化能といった幹細胞の機能自体が低下していることが分かりました。
ではこうした老化マウスのsatellite cellの静止期離脱の原因はなんでしょうか。筆者らは、老化したマウスの筋原繊維からは成長因子としてよく知られているFgf2が高く放出されていること、および、Pax7+ satellite cellがそのレセプターであるFGFR1を発現していることに気がつきました。そして、Pax7+ satellite cellにこのFgf2/FGFR1シグナルが入ると、細胞周期が回りだしてしまうこと、および、細胞内のSprouty1(Spry1)という遺伝子の発現が抑制されてしまうことを見いだしました。筆者らのグループでは以前、Spry1が若いマウスのMSCに発現しており、静止期の誘導、維持に重要であることを示しています。またこの分子はFgf2/FGFR1シグナルの阻害因子として働く一方、Fgf2/FGFR1シグナルの下流で発現が抑制されることが分かっています。
そこで、老化したMSCでのSpry1の機能を検討するために、遺伝子改変マウスを用い、マウスのPax7+ satellite cellにおいてSpry1遺伝子を発現できないようにするとPax7 satellite cellが静止状態を離脱し、一過性にPax7+ satellite cellの数が上昇することが確認されました。つづいて、若い時期にマウスのPax7+ satellite cellにおいてSpry1遺伝子を発現できないようにして老年期に解析すると、Pax7+ satellite cellの数が通常の老化マウスよりもさらに減少してしまいました。逆に、老化マウスのsatellite cell内でSpry1を強制発現させ続けた場合にはPax7陽性のsatellite cellの数が回復することが明らかになりました。
以上から、若いマウスではMSCニッチからのFGF2シグナルレベルが低く、またPax7+satellite cell(MSC)はSpry1を発現して、MSCは静止期に維持されている一方、老化したマウスのMSCはニッチである筋原繊維から放出されたFgf2をFGFR1で受容してこのシグナル下流でSpry1の発現が抑制されることから静止期の維持が困難となります。静止期を離脱したMSCは細胞増殖・分化へと向かい、結果としてPax7+ satellite cell (MSC)の枯渇へとつながるのです(モデル図参照)。


論文より抜粋

本論文は、細胞老化は決して内因的(intrinsic)な要素のみによって決まる訳ではなく、こうした細胞外からの(extrinsicな)作用によっても規定されていることを示しています。「老化」をもたらすような周囲環境には、できればあまり身を置きたくないものです。

Copyright © Keio University. All rights reserved.