慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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難病ALSの新たな原因遺伝子の発見

論文紹介著者

小林 玲央奈(博士課程 1年)

小林 玲央奈(博士課程 1年)
GCOE RA
生理学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Annelies Van Hoecke/Nature Med・volume18・number9・September2012

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Annelies Van Hoecke, Lies Schoonaert, Robin Lemmens, Mieke Timmers, Kim A Staats, Angela S Laird, Elke Peeters, Thomas Philips, An Goris5, Benedicte Dubois, Peter M Andersen, Ammar Al-Chalabi7, Vincent Thijs, Ann M Turnley, Paul W van Vught, Jan H Veldink, Orla Hardiman, Ludo Van Den Bosch, Paloma Gonzalez-Perez, Philip Van Damme, Robert H Brown Jr, Leonard H van den Berg & Wim Robberecht. EPHA4 is a disease modifier of amyotrophic lateral sclerosis in animal models and in humans. Nature Med. 18(9):1418-22. 2012

論文解説

筋委縮性側索硬化症 (amyotrophic lateral sclerosis ; ALS)は脳からの命令を筋肉へ伝える運動神経が、徐々に壊れていってしまう病気です。その結果、命令の入らなくなった筋肉が萎縮し、手や足に力が入らなくなり、更に進行すると舌やのどの筋肉も弱くなり、話したり飲み込んだりすることも困難になります。ALS患者さんの半分近くは発症から3~5年で呼吸不全になり死に至るという非常に進行の早い病気です。現在は世界中で活発にALS研究が行なわれており、これまでにいくつかの原因遺伝子が報告されてきましたが、未だに有効な治療法が見つかっていないのが現状です。

そこで今回紹介する論文では、ある遺伝子の働きを阻害することでALSの症状が改善されたことを発見し、今後のALS治療のターゲットとなり得ることを示しています。

ゼブラフィッシュを用いた遺伝子スクリーニング

著者らはまず、ゼブラフィッシュという小型の魚を用いて、ALSの原因遺伝子の1つとして知られているSOD1(※1)変異遺伝子を発現させたALSモデルを作りました。そのゼブラフィッシュの遺伝子のうち303個を1つ1つ働きを阻害していくと、ALSの症状の1つである軸索(※2)の変性を改善する遺伝子が13個見つかりました。その中でもRtk1という遺伝子に注目したところ、Epha4というヒトの遺伝子と83%も遺伝子の配列が同じであることが分かりました。

Epha4の阻害は軸索変性を改善する

そこで著者らはマウスで同様にSOD1変異遺伝子を持つALSモデルを作り、このEpha4を阻害してみました。するとEpha4を阻害していないマウスに比べ阻害したマウスでは生存期間が延長し、軸索変性の改善も見られました。

Epha4は傷害を受けやすい運動ニューロンに高発現している

次にALS患者さんに見られる運動ニューロン(※3)の変性とEpha4との関連を調べるために、ALSモデルマウスの運動ニューロンにおけるEpha4の発現量に注目しました。ALSを発症したマウスの運動ニューロンは進行するにつれて脱落していきますが、傷害されずに末期まで残っている運動ニューロンは発症前のマウスから得られた運動ニューロンに比べEpha4の発現が低いことが分かりました。また、ALSでは大きな運動ニューロンの方が小さいものより傷害を受けやすいという報告が過去にありましたが、大きい運動ニューロンの方がEpha4の発現が高いという結果になりました。
つまり、傷害されやすい運動ニューロンほどEpha4の発現が高いという結果がこれら2つの実験で共通して明らかになりました。
これらの結果から、Epha4がALSにおける運動ニューロンの傷害を促進していることが考えられます。

Epha4の発現と発症年齢は相関する

これまで動物を用いてEpha4の働きを調べてきましたが、実際にヒトのALS患者さんでのEpha4の発現を調べたところ、発現が高いほどALSの発症年齢が早いという傾向が見られました。

Epha4阻害の神経保護効果はTDP-43変異遺伝子に対しても同じであった

ここまでの実験ではSOD1変異遺伝子を持つALSモデルを用いてきましたが、Epha4を阻害した際に見られる軸索変性の改善は別のALS原因遺伝子であるTDP-43(※4)変異遺伝子を持つALSモデルに対しても同様の効果を示しました。Epha4を阻害することによる神経保護効果は、原因遺伝子の種類に関係なく現れるようです。

これらの結果から、ALSモデル動物においてEpha4は傷害を受けやすい運動ニューロンに多く発現し、Epha4の働きを阻害すると軸索変性の改善や生存期間の延長など、症状の緩和が見られたことから、Epha4はALSの症状を悪化させる方向へ働いていることが推測されます。 Epha4の働きを阻害する薬は既に知られており、ゼブラフィッシュでもその神経保護効果が確認されています。
今回のEpha4の発見は、今後、難病ALSの新たな治療法開発への第一歩となるかもしれません。

用語解説

  • ※1 SOD1 (superoxide dismutase 1):
    生物の細胞内で発生する有害な活性酸素スーパーオキシドを解毒する酵素「スーパーオキシドジスムターゼ」をコードする遺伝子。ALS患者に多くこの遺伝子の変異が見付かったことから、ALSの原因遺伝子の一つと考えられている。
  • ※2 軸索:
    神経細胞体の突起の中で最も長い突起で、末端の効果器に信号を伝達する。
    末端は分枝して,次のニューロンまたは効果器に結合し,神経細胞の興奮を伝導する。
  • ※3 運動ニューロン:
    神経細胞の中でも脳などの中枢神経から筋肉などの効果器(作動体)に命令を伝える神経。
  • ※4 TDP-43:
    TARDBPという遺伝子によってコードされるタンパク質で、孤発性および家族性のALS患者でこの遺伝子の変異が多く見つかっている。これまでに30個以上の変異型が存在することが明らかになっている。

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