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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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CCR2-dependentrecruitment of macrophages by tumor-educated mesenchymal stromal cells promotes tumor development and is mimicked by TNFα

論文紹介著者

川村 直(博士課程 4年)

川村 直(博士課程 4年)
GCOE RA
先端医科学研究所細胞情報部門

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Ren G/Cell Stem Cell 11, 812-824, December 7, 2012

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Ren G, Zhao X, Wang Y, Zhang X, Chen X, Xu C, Yuan ZR, Roberts AI, Zhang L, Zheng B, Wen T, Han Y, Rabson AB, Tischfield JA, Shao C, Shi Y.
Cell Stem Cell 11, 812-824, December 7, 2012

論文解説

はじめに

腫瘍組織には癌細胞に加えて、マクロファージ(Mφ)やT細胞をはじめとした免疫細胞、血管やリンパ管を構成している細胞、線維芽細胞や間葉系幹細胞などの細胞が存在し、「がん微小環境」を構築している(Fig.1 参照)。これら、がん微小環境を構成する細胞は、様々な増殖因子やサイトカイン、ケモカインを産生することで、がん幹細胞の維持やがん細胞の増殖、浸潤転移などを制御していることが判明している。このがん微小環境を構成している細胞集団の1つが、間葉系の細胞集団(Mesenchymal stem/stromal cell; MSC)である。既に胃の炎症性発癌モデルにおいて、腫瘍局所存在している、がん間質細胞のうち、約20%は骨髄に存在しているMSCに由来しているなど (2011年3月25日更新 「骨髄由来の筋繊維芽細胞は間葉系幹細胞のニッチの構築と腫瘍増殖を促進する」より)、MSCががん微小環境に及ぼす影響は大きい。これら腫瘍近傍に集積したMSCは、CCL5のようなケモカインやサイトカインを通して、がん細胞の転移促進や腫瘍の増殖を助けることが知られている。しかし、腫瘍におけるMSCと免疫担当細胞(T細胞やNK細胞、樹状細胞など)とMSCとの関係については解析が未だなされていない。今回紹介する論文は、腫瘍局所のMSCがCCL2というケモカインを産生し、CCR2(CCL2の受容体)を発現しているMacrophage(Mφ)を腫瘍内に浸潤させ、増腫瘍性の亢進に関連している事を示している。

Fig.1

Fig.1 がん微小環境を構成する細胞たち

がんの形成過程では、がん細胞は免疫細胞や間質細胞などとの相互作用により、がんの進展に適した環境を構築する。近年、マクロファージや好中球など自然免疫に関係した細胞群ががんの進展を促進しているという報告がある。また、間葉系幹細胞(MSC)は骨髄から浸潤し、がん間質繊維芽細胞(CAF)へと変わり、がんを進展させる

腫瘍内浸潤したMSCは腫瘍の増大を促進する

腫瘍内浸潤したMSCは本当に腫瘍の増大に重要な細胞集団なのであろうか。そのことを確認するため、リンパ腫の自然発症マウスから腫瘍内に浸潤しているMSC (L-MSC; Lymphoma-derived MSC)を分離し、がん細胞との共移植の実験系で確認を行った。その結果、骨髄由来のMSC (BM-MSC; bone marrow-derived MSC)との共移植群や腫瘍単独移植群に比べ、L-MSCとの共移植群での増腫瘍性の亢進が確認された(Fig.2 参照)。

Fig.2

Fig.2 L-MSCとの共移植により腫瘍が増大する

MSCとEL-4を共移植することで、EL-4単独で移植するよりも増腫瘍性が増強される。正常の骨髄由来MSC(BM-MSC)でも増腫瘍性は増強されるが、それ以上にがん間質由来のMSC(L-MSC)の方が、増腫瘍性がより増強される。

L-MSC共移植群がコントロールやBM-MSC共移植群に比べ、増腫瘍性が亢進した原因は何であろうか。その一つの可能性が生体内での抗腫瘍免疫応答である。生体ではがんを排除するための免疫応答が起きているが、腫瘍による免疫抑制機構により抗腫瘍免疫応答が抑制され、腫瘍が増大することが知られている。実際、抗腫瘍免疫応答に重要なIFN-γやIL-12の血中濃度は、L-MSCないしBM-MSCとの共移植群においてコントロール群よりも低い。しかし、Splenocyte(脾臓細胞)に対する抑制効果に差は認められなかった(Fig.3 参照)。これら2種類のMSCは、抗腫瘍免疫応答は同じように抑制するものの、それ以外の作用によって増腫瘍性に差を及ぼしたことになる。

Fig.3

Fig.3 MSCは抗腫瘍免疫応答を抑制する

MSCとの共移植は腫瘍単独の移植よりも、血中のIFN-γやIL-12が低下する。これは、MSCが抗腫瘍免疫応答を抑制するためである。MSCはVEGFやTGF-bなどのサイトカインやPD-L1などの膜タンパクの発現することで、免疫応答を抑制する。BM-MSCにしてもL-MSCにしても免疫抑制能には大きな差がなく、両者ともに抑制活性が高い。

次に着目したのが、腫瘍局所における免疫抑制性の細胞集団である。腫瘍内浸潤したMφや好中球(neutrophil)は、血管新生や腫瘍で起こる抗腫瘍免疫応答を抑制し、増腫瘍性を促進することが知られている。そこで、腫瘍内に浸潤しているMφやneutrophilの細胞数を比較すると、L-MSC共移植群ではBM-MSC共移植群にくらべ、単球(CD11b+Ly6C+)やMφ(F4/80+CD206+)、neutrophil(CD11b+Ly6G+)が増加している事が判明した(Fig.4 参照)。これらのことより、L-MSCは免疫抑制性の細胞集団を腫瘍に浸潤させることで増腫瘍性を亢進させていたことが判明した。

Fig.4

Fig.4 L-MSCは腫瘍近傍に免疫抑制性細胞を集積させ増腫瘍性を促進させる

L-MSCは単球由来の免疫抑制性細胞(MDSCやTAM)を腫瘍近傍に集積させ、増腫瘍性を促進させる。L-MSCはBM-MSCよりもCCL2を高産生しており、単球系の細胞を引き寄せる能力が高い。単球由来MDSC(CD11b+Ly6C+)や好中球由来(CD11b+Ly6G+)MDSC、Mφ(F4/80+CD206+)は抗腫瘍免疫を抑制するのみならず、血管新生をも促進することが知られている。

L-MSCはどのような分子機構で単球(CD11b+Ly6C+)やMφ(F4/80+CD206+)、neutrophil(CD11b+Ly6G+)を腫瘍内に引き寄せているのだろうか。そこで、L-MSCとBM-MSCが産生しているサイトカインやケモカインを網羅的に解析したところ、L-MSCではBM-MSCに比べ、ケモカインの一種であるCCL2(別名MCP-1)の発現が格段に高いことが見出された。CCL2は単球やMφなどの遊走に重要なケモカインであり、単球・Mφ・neutrophilにはCCL2の受容体であるCCR2が発現していることが知られている。

したがって、L-MSCはCCL2の産生を介して腫瘍局所に単球(CD11b+Ly6C+)やMφ(F4/80+CD206+)、neutrophil(CD11b+Ly6G+)を引き寄せて、腫瘍の進展を促進していることが判明した。実際、CCR2ノックアウトマウスやCCR2の中和抗体を用いた実験では、腫瘍内浸潤している、単球(CD11b+Ly6C+)やMφ(F4/80+CD206+)が減少し、増腫瘍性が抑制された。

TNF-αはMSCを腫瘍浸潤様のMSCへと変貌させる

このL-MSCとBM-MSCの性質の違いはどこから来るのであろうか?腫瘍内浸潤したMSCの起源の一つは骨髄に存在しているMSCである。腫瘍局所では、炎症性サイトカイン(TNF-α, IFN-γ, IL-1, IL-6)が亢進しており、これらサイトカインが腫瘍の増殖を促進している。そこで、腫瘍局所で産生されているサイトカインをBM-MSCに添加した際に、L-MSCと似た性質を得られるかを検討した。その結果、TNF-αを添加したBM-MSCはL-MSCと同じようにCCL2の産生が亢進した。TNF-αで前処置したBM-MSCをがん細胞と共移植すると、L-MSCと同様にCCR2+のMφ(F4/80+CD206+)の腫瘍内浸潤を促進させ、増腫瘍性に働いていることが示された。

以上まとめると、今回紹介した論文は、

  1. L-MSCはCCL2を高産生し、腫瘍内に単球やMacrophageを集積させて増腫瘍性の促進に働いている。
  2. BM-MSCにTNF-αを添加することでL-MSC様の増腫瘍性の性質をもったMSCへと変貌する。というものであった。

TNF-αで前処置しL-MSC様へと変化したMSCは本当に腫瘍増大だけに働くのであろうか。

今回紹介した論文の直後に、全く正反対の内容の論文が掲載されている(Lee RH et al, Cell Stem Cell. 2012 Dec 7;11(6):825-35.)。こちらの論文では、

  1. ヒトMSCにTNF-αを添加する事で、TRAIL(がん細胞にアポトーシスを誘導する膜分子)とDKK3(がん抑制遺伝子)の発現が上昇する。
  2. ヒト乳がん細胞をNOD/SCID mouseに移植したXenograftモデルにおいて、TNF-α前処置したMSCをadoptive transferすると、TRAILによりアポトーシス細胞の増加とDKK3によるがん細胞の増殖抑制が起こり、腫瘍が縮退する。

というデータを示している。

どちらの論文もMSCにTNF-αを添加する実験を行っているが、腫瘍に対する反応は正反対である。そもそもMSC自体は免疫抑制能が高く、重症GVHD に対する新しい細胞治療法として期待が集まっている。そのようなMSCが生体内でTNF-αによってTRAILの発現が上昇するのか。仮にTRAILの発現が上昇したとして、そのMSCが腫瘍の形成に一体どのような影響を与えるのか、ということについては解明されていない。

これらのことは、「ある局面」ではMSCは抗腫瘍にも増腫瘍にも働きうる、ということを示唆しており(Fig.5 参照)、今後はがん微小環境における継時的なMSCの機能解析により、MSCがどのタイミングで抗腫瘍から増腫瘍へと変化しうるのかについて解析していくことが重要であるように思われる。

Fig.5

Fig.5 MSCは増腫瘍性にも抗腫瘍免疫応答増強にも働きうる

TNF-αで前処置したMSCは、増腫瘍にも抗腫瘍にも働きうる。今回、主に紹介した論文ではTNF-αで前処置することでCCL2の産生が上昇し、腫瘍内浸潤する免疫抑制性細胞が増加し増腫瘍性が亢進される。一方で、もう一つの論文ではMSCをTNF-αで前処置するとTRAILの発現が上昇し抗腫瘍に働く。がん微小環境におけるMSCの機能解析が今後、重要になってくる。

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