慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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RESTタンパク質による遺伝子発現調節 ~遺伝子発現とシナプス機能~

論文紹介著者

周 智(博士課程 2年)

周 智(博士課程 2年)
GCOE RA
生理学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Alma Rodenas-Ruano/Nature Neuroscience, Volume 15, Number 10, Pages 1382-1390, 9 September 2012

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Alma Rodenas-Ruano, Andres E Chavez, Maria J Cossio, Pablo E Castillo & R Suzanne Zukin
REST-dependent epigenetic remodeling promotes the developmental switch in synaptic NMDA receptors
Nature Neuroscience, Volume 15, Number 10, Pages 1382-1390, 9 September 2012

論文解説

シナプス形成、神経回路形成において、NMDA受容体が重要な働きをすることが知られています。このNMDA受容体は、GluN1とGluN2A、もしくはGluN1とGluN2Bからなる4つのサブユニットによって構成され、主要なサブユニットは、生後にGluN2BからGluN2Aへと変化することが知られています。GluN2Bを含むNMDA受容体は開口時間が長く、カルシウムイオンの透過特性も異なるなど、GluN2Aを含むNMDA受容体と異なる特性を有しているため、生後のNMDA受容体におけるGluN2AおよびGluN2Bの割合を正しく調節することは極めて重要となります。

この構成サブユニットのスイッチングは長年にわたり、研究されてきましたが、その分子メカニズムは不明なままでした。本研究において著者らは、生後におけるNMDA受容体サブユニットのスイッチングにおける、転写抑制因子RESTタンパク質の役割について明らかにしています。

RESTタンパク質は幹細胞や神経前駆細胞において発現しており、Grin2b遺伝子(GluN2Bタンパク質の遺伝子名)を含む、神経特異的な遺伝子発現をエピジェネティックに制御していることが知られています。しかし、生理的条件下における成熟神経細胞における役割については不明な点が多くあります。

著者らは、ラットを用いて、RESTタンパク質が生後の特定の時期にその量が増加し、Grin2b遺伝子(GluN2B)のプロモーター領域に結合し、Grin2b遺伝子をエピジェネティックな機構により抑制することを見出しました(Fig. 1)。また、生後ラット海馬におけるRESTタンパク質の発現を抑制することにより、GluN2B発現量減少が抑制され、成熟型NMDA受容体へのサブユニットスイッチングに障害をきたすこともわかりました。一方で、ラット胎児を1週間にわたり、1日1時間母親から隔離することによってもRESTタンパク質の発現上昇が抑制され、その結果、NMDA受容体の成熟型へのサブユニットスイッチングが障害されることも見出しました(Fig. 2)。これらの結果より、RESTタンパク質がNMDA受容体の成熟型へのサブユニットスイッチングに必須であることが判明しました。

今回紹介した論文は一見すると幹細胞との関連性はありませんが、今後の幹細胞を用いた神経難病研究における重要論文になる可能性があると考え、あえて取り上げました。

すなわち、これまでの疾患特異的iPS細胞を用いた神経難病研究に関する論文では、解析に用いているiPS細胞由来神経細胞がどの程度成熟した神経細胞なのかについてはあまり重視されてきていませんが、神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病など)や精神疾患(統合失調症など)の多くが生後に発症します。したがって、今後はiPS細胞から成熟した神経細胞を得ることが必要になってくる可能性があるのではないでしょうか?

用語解説

  • ※1 RESTタンパク質:
    神経細胞以外の細胞で特に多く発現している転写抑制因子。神経細胞特異的な遺伝子発現を抑制する。
  • ※2 NMDA受容体:
    神経細胞に存在し、記憶や学習に関与するグルタミン酸受容体の1種。グルタミン酸の結合により、カルシウムイオンなどの陽イオンを透過させる。4つのサブユニット(パーツ)からなり、構成するサブユニットによって受容体の特性が変化する。
  • ※3 エピジェネティックな制御:
    DNAの配列に依存しない遺伝子発現調節のこと。代表例として、シトシンのメチル化等がある。

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