慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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脳腫瘍における新しい遺伝子変異~エピジェネティク

論文紹介著者

柴尾 俊輔(博士課程 1年)

柴尾 俊輔(博士課程 1年)
GCOE RA
脳神経外科学教室、先端医科学研究所遺伝子制御

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Gang Wu/Nat Genet. 2012 Jan 29;44(3):251-3.

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Gang Wu, Alberto Broniscer, Troy A McEachron, Charles Lu, Barbara S Paugh, Jared Becksfort, Chunxu Qu, Li Ding, Robert Huether, Matthew Parker, Junyuan Zhang, Amar Gajjar, Michael A Dyer, Charles G Mullighan, Richard J Gilbertson, Elaine R Mardis, Richard K Wilson, James R Downing, David W Ellison, Jinghui Zhang1 & Suzanne J Baker for the St. Jude Children's Research Hospital - Washington University Pediatric Cancer Genome Project. Somatic histone H3 alterations in pediatric diffuse intrinsic pontine gliomas and non-brainstem glioblastomas. Nat Genet. 2012 Jan 29;44(3):251-3. doi: 10.1038/ng.1102.

論文解説

Diffuse intrinsic pontine glioma(DIPG)は脳幹部(橋、中脳、延髄)内部に発生する予後不良の小児腫瘍である。症状としては複視、VII麻痺、嘔吐、失調性歩行、鼻声、嚥下障害などを呈し、治療としては手術では操作できない部位であるため放射線治療が選択されるが、1年生存率50%以下と予後不良である。本論文では次世代シーケンサー(※1)を用いてDIPGにおける変異遺伝子を同定し、分子的腫瘍発生機序の解明を行うことを目的としている。

まずDiscovery cohort(※2)としてDIPGの患者7例の腫瘍検体DNAのWhole genome sequencing(WGS)(※3)を行い、変異遺伝子を同定した。次にそれを検証するValidation cohort(※4)として上記7例の他に43例を加えた計50例のDIPGとnon-brainstem pediatric glioblastoma(non-BS-PGs) (※5)36例についてSanger sequencing(※6)を行った。

Discovery cohortのWGSではヒストン蛋白(※7)の一種であるH3F3Aの変異、HIST1H3Bの変異が同定された。また、それを検証したValidation cohortでのSanger sequencingではH3F3Aの変異はDIPG30例(60%)、non-BS-PGs7例(19%)に、HIST1H3Bの変異はDIPG9例(18%)、non-BS-PGs1例(3%)に認めた。アミノ酸変異としてはH3F3Aの変異ではヒストンH3.3 の27番目のLysがMetに変わり、HIST1H3Bの変異ではヒストンH3.1 isoformの27番目のLysがMetに変わる。さらにValidation cohortでnon-BS-PGs5例(14%)に、新たに別の変異が見出された。

ヒストンは146bpのDNAを巻き付ける4量体のタンパク質でアセチル化、メチル化、リン酸化、ユビキチン化、SUMO等の修飾を受け、遺伝子の発現を調節するエピジェネティクス(※8)の1機構である。Histone3はその内のひとつで、今回変異の見つかった場所はHiston H3のN末端tailに存在し、それらの変異はヌクレオソーム(※9)の構造や機能に影響を与える。Histone3のメチル化酵素の変異が急性白血病や転移性前立腺癌などで報告されており、Histone3と発癌との関わりも示唆されている。本論文はグリオーマとエピジェネティクスの関わり、さらには小児と成人でのグリオーマジェネシスの違いを示唆するという点で興味深い。

用語解説

  • ※1 次世代シーケンサー:
    ※6 Sanger sequenceing:
    DNAの塩基配列を決定する機器のこと。次世代シーケンサーとはサンガー法を利用した蛍光キャピラリーシーケンサーである「第1世代シーケンサー」と対比させて使われている用語です。従来のサンガー法との違いは、サンガー法では1~96のDNA断片を同時処理するのに対し、 次世代シーケンサーでは数千万から数億のDNA断片に対して大量並列に処理します。これによりシーケンス解析のスピードは飛躍的に向上し、大きなゲノム領域を対象とする研究ができるようになりました。
  • ※2 Discovery cohort:
    探索群。
  • ※3 Whole genome sequencing(WGS):
    個体の全DNA配列を一度に完全解読すること
  • ※4 Validation cohort:
    検証群。
  • ※5 non-brainstem pediatric glioblastoma:
    脳幹以外に局在する小児の神経膠芽腫
  • ※7 ヒストン蛋白:
    ※9 ヌクレオソーム:
    ヒストン蛋白はHl,H2A,H2B,H3,H4の5主成分からなり,リシン及びアルギニンに富む塩基性タンパク質です。真核生物の核の中で,DNAはH2A,H2B,H3,H4各2分子から構成されるヒストン八量体に巻きつき,ヌクレオソームと呼ばれる構造を形成します。ヌクレオソームが数珠状につながり,これにヒストンHlなどが結合しクロマチン構造が形成されます。ヒストンはメチル化やアセチル化などの化学修飾によってクロマチン構造を変換させ、転写の活性化を引き起こします。このように,ヒストンは構造タンパク質として働く一方で,遺伝子発現調節などの重要な役割を演じるタンバタ質でもあるのです。
  • ※8 エピジェネティクス:
    私たちの体は様々な組織から構成されています。その一つ一つの細胞は同じ遺伝情報を持っていながら、それぞれ別の働きをしています。その遺伝子発現の調節をしているのがエピジェネティクスです。その調節のひとつにヒストン修飾やDNAメチル化などが知られています。

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