慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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貪食細胞マクロファージが造血幹細胞を優しく包み込んで自己複製能の維持に貢献していた!?

論文紹介著者

鈴木 麻友(博士課程 1年)

鈴木 麻友(博士課程 1年)
GCOE RA
微生物学・免疫学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Aya Ludin/Nature Immunology, Volume 13 No 11, 1072-1082, November 2012

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Ludin A, Itkin T, Gur-Cohen S, Mildner A, Shezen E, Golan K, Kollet O, Kalinkovich A, Porat Z, D'Uva G, Schajnovitz A, Voronov E, Brenner DA, Apte RN, Jung S, Lapidot T. Monocytes-macrophages that express α-smooth muscle actin preserve primitive hematopoietic cells in the bone marrow. Nat Immunol. 2012 Nov;13(11):1072-82.

論文解説

背景

赤血球、T細胞、マクロファージ、好中球...一見全く違うこれらの細胞が、実は一つの幹細胞、造血幹細胞に由来していることは、このページをよくご覧いただいている方はご存知なのではないでしょうか。幹細胞は一般にニッチと呼ばれる幹細胞にとって居心地のいい空間に存在しており、造血幹細胞の場合は骨髄の中の造血幹細胞ニッチに存在しています。これまでに造血幹細胞ニッチではNestin陽性の間葉系幹細胞などがその構成要素として報告されています(Nestin陽性間葉系幹細胞と造血幹細胞ニッチについての詳細は2011年3月25日の記事をご参照ください)。

今回ご紹介する論文では、通常は私たちの体内で日々病原体等を飲み込んで消化してくれているマクロファージの中で、α-smooth muscle actin (SMA)を発現しているマクロファージの亜集団が造血幹細胞ニッチに存在しており、造血幹細胞を優しく(?)包み込んで、造血幹細胞が長期自己複製能を維持できるようサポートしていることを報告しています。

内容

報告ではまず、このα-SMA陽性マクロファージは、造血幹細胞とNestin陽性の間葉系幹細胞の近傍に位置していることが数々の蛍光顕微鏡写真像から示されています(図1, 2)。このことから、α-SMA陽性マクロファージが造血幹細胞ニッチに存在していることが示唆されました。


図1/原著論文 Figure 1i
α-SMA陽性細胞(B)が造血幹細胞(A; SLAM陽性細胞 = CD150陽性、
CD48、CD41陰性)を包み込んでいる様子が見られた


図2 /原著論文Figure 1j
α-SMA陽性細胞がNestin陽性細胞の近傍にいる様子が見られた

次に筆者らは、「prostaglandin E2 (PGE2)(※1)が造血幹細胞の長期自己複製能を向上させる」との報告(Blood 113, p.5444-5455, 2009. / Cell 136, p.1136-1147, 2009. / Nature 447, p.1007-1011, 2007.)と、「PGE2を産生するのに必要な酵素であるCOX-2(※2)はマクロファージで高発現している」との報告(J. Rheumatol. 24, p.15-19, 1997)から、「α-SMA陽性マクロファージにおいてもCOX-2が高発現していて、それにより大量に産生されるPGE2を介して、α-SMA陽性マクロファージは造血幹細胞の長期自己複製能の維持に貢献しているのではないか」と仮説を立てて、実際に検証しています。すると、α-SMA陽性マクロファージは骨髄中の他のマクロファージや顆粒球よりも顕著にCOX-2の発現量が高いことがわかりました(図3)。さらに、COX-2の活性を阻害する薬剤をマウスに投与し、その骨髄細胞を放射線照射した別のマウスに移入することで、COX-2の阻害により骨髄内の造血幹細胞の長期自己複製能が低下することも示され(図4)、筆者らの仮説が正しいことが示唆されました。


図3 /原著論文 Figure 3d
CD115陽性細胞(マクロファージなど)の中で、α-SMA陽性細胞がCOX-2をより強く発現していた


図4 /原著論文 Figure 3h
COX-2阻害剤NS398を投与したマウス由来の骨髄細胞を移入したマウスの骨髄中
では、長期自己複製能を有する造血幹細胞(LSK CD34-細胞)が減少していた

さらに筆者らは、PGE2がNestin陽性間葉系幹細胞上のCXCL12の発現を上昇することも見出しました(図5)。CXCL12とは、造血幹細胞上に発現する受容体CXCR4を介して造血幹細胞の生存に寄与することが報告されている分子です。実際に、PGE2によって造血幹細胞数が増加することを筆者らは確認しています(図6)。


図5 /原著論文 Figure 7e
PGE2を投与したマウスの骨髄においてCXCL12が発現上昇していた


図6 /原著論文Figure 7b
骨髄細胞を2時間PGE2処理すると、長期自己複製能を
有する造血幹細胞(LSK CD34- ROSlo細胞)数が増加した

したがってα-SMA陽性マクロファージは、自身が高発現するCOX-2の発現を介してPGE2を産生することで、造血幹細胞に直接働きかけてその長期自己複製能の維持に貢献し、また一方でNestin陽性間葉系幹細胞に働きかけることで間接的にも造血幹細胞の生存に寄与することが今回明らかにされました(図7)。


図7 /原著論文 Supplementary figure 6b
今回筆者らが提唱したモデルの模式図

用語解説

  • ※1 PGE2:
    アラキドン酸から合成されるプロスタグランジンの一種で、炎症反応や、血圧調節、血管の収縮拡張、発熱作用や気管支拡張作用など様々な生理現象を制御する事が知られる生理活性物質である。またその製剤は、陣痛誘発・促進剤として使用される。
  • ※2 COX-2:
    シクロオキシゲナーゼ(COX)のアイソフォームの一つで、アラキドン酸からプロスタグランジンを産生する際に最初に働く酵素である。COX-1が多くの組織において恒常的に発現しており生体の維持に不可欠であるのに対し、COX-2は炎症性の刺激等により誘導され、PGE2の産生などに関与している。鎮痛剤のアスピリンはこのCOXの阻害剤である。

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