慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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栄養のバランスが新しいニューロンを作り、体重や新陳代謝をコントロールする

論文紹介著者

西原 浩司(博士課程 3年)

西原 浩司(博士課程 3年)
GCOE RA
生理学教室

論文解説

脳を構成する神経細胞は、主に胎生期の限られた期間に神経幹細胞から産生され、成熟していきます。この神経新生(ニューロジェネシス)という現象は、脳の限られた一部では生まれた後も続いていて、記憶を司る海馬(歯状回顆粒細胞下層:SGZ)や、側脳室周囲(前方上衣下層:SVZ)で起こっていることがげっ歯類などの研究ですでに明らかになっています。ヒトにおいては1998年にF・ゲイジらのグループが、成人脳の海馬においてニューロジェネシスが起こっていることを示し、ヒトにおける神経再生医療の可能性の光が一気に加速しました。余談ですが、成体における神経再生(アダルト・ニューロジェネシス)の障害は、大人になってから発病する様々な神経変性疾患や精神疾患の原因になっているのではないかとも言われており、熱い研究分野の一つです。

さて、上記のように生後のニューロジェネシスはSGZやSVZで起こることが知られていましたが、近年になり生後の視床下部においてもニューロジェネシスが起こっているという報告が散見されるようになりました。視床下部は、摂食や睡眠、性行動などのいわゆる本能行動や、攻撃性や怒りなどの情動に関与する重要な脳の一部です。2005年のscience誌の最初の報告は、成体マウスにCNTFという神経栄養因子を与えると視床下部で新しいニューロンが生まれ、それによってマウスの体重が減るというものでした。しかし、視床下部で新しいニューロンが生まれることは明らかになったものの、それがどこから生まれてくるのかはまだ謎に包まれていました。

そのような中、Blackshawらのグループは今回のNature Neuroscience誌の論文で、視床下部で作られた新しいニューロンの源泉が何かを初めて明らかにしました。彼らは、視床下部の第三脳室周囲に存在するタニサイト(伸長上衣細胞)という細胞に着目しました。なぜなら、タニサイトは、SVZで新しいニューロンを作っている放射状グリアと呼ばれる細胞と似た突起を持つ形態をしており、Nestinや Sox2など神経幹細胞と共通の遺伝子が発現している細胞だからです。BrdUという物質(分裂増殖をしている細胞だけに取り込まれます)や遺伝子組み換えマウスを用いた実験によって、生後の視床下部でタニサイトが分裂し、新しいニューロンを生み出したことを示しました。この新生ニューロンは、他の視床下部ニューロンと同様に空腹状態やレプチン(強力な食欲抑制ホルモン)にも反応して活性化することから、きちんとした活動性を持っていることもわかりました。

また、特に大人マウスに脂肪をたくさん含むエサを与えることで、視床下部の新生ニューロンが著しく増えることも分かりました。しかし、特殊な機械によって視床下部だけに放射線を照射して、視床下部の新生ニューロンができないようにすると、マウスの活動量やエネルギー消費量は増え、体脂肪は減り、多くの脂肪分を摂取しても体重増加の程度は小さくなることが明らかになりました。著者らはこの結果から、視床下部の新生ニューロンは、新陳代謝や脂肪の蓄積に関与するかもしれないと推測するに至っています。

要するに、高脂肪の食事をとると視床下部で新しい神経細胞が作られ、それによって脂肪が蓄積するということになります。誤解のないように言いますと、この新しくできた神経の機能は詳しく解明されていませんし、そもそもヒトの脳で同じことが起こるかどうかも全くのなぞです。それでも、大人になってからの食事内容によってニューロジェネシスや新陳代謝が大きく変わる点は、近い将来のメタボリック症候群をはじめ様々な病気の治療に大きく関与してくるかもしれません。視床下部は、まだまだ未知なる機能をもつ非常に面白い脳の一部だと思います。

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