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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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エクソソームは、癌細胞の「飛び道具」!

論文紹介著者

宮崎 潤一郎(博士課程 4年)

宮崎 潤一郎(博士課程 4年)
GCOE RA
先端医科学研究所 細胞情報研究部門

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Hector Peinado/Nature medicine. 18,853-854 , 06 June 2012,

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Peinado H, Aleckovic M, Lavotshkin S, Matei I, Costa-Silva B, Moreno-Bueno G, Hergueta-Redondo M, Williams C, Garcia-Santos G, Ghajar C, Nitadori-Hoshino A, Hoffman C, Badal K, Garcia BA, Callahan MK, Yuan J, Martins VR, Skog J, Kaplan RN, Brady MS, Wolchok JD, Chapman PB, Kang Y, Bromberg J, Lyden D. Melanoma exosomes educate bone marrow progenitor cells toward a pro-metastatic phenotype through MET Nat Med. 2012 Jun;18(6):883-91.

論文解説

研究背景

前回の本論文紹介ブログにおいて、癌の治療のためには癌の転移を如何に抑えていくかが重要であると紹介させて頂きました(2011年2月4日付けRicci-Vitiani L, et al. Tumour vascularization via endothelial differentiation of glioblastoma stem-like cells. Nature. 2010 Dec 9;468(7325):824-8. )。現在、考えられている癌の転移のメカニズムを簡単におさらいしておくと、癌が出す血管内皮細胞増殖因子(VEGF)が新たな血管を誘導し、癌細胞がその血管を利用して、様々な臓器に転移していくというものでした。

近年、癌細胞が分泌するエクソソーム(exosome)※1と呼ばれる顆粒が、癌の転移において重要な役割を果たすことが明らかになってきました。興味深いことに、このエクソソームの中には、様々なタンパク質や、mRNA※2、miRNA(マイクロRNA)※3(解説)といった物質が含まれているということです。

これまでに、細胞間のコミュニケーションツールとして研究されてきたものは、サイトカイン※4(VEGFも癌が出す代表的なサイトカインの一つとして数えられます)などのタンパク質が知られていました。その細胞間のコミュニケーションツールに、新たにエクソソームと呼ばれる分泌顆粒が加わることになります。しかも、癌の転移にとって、重要な生物学的機能を果たしながら。そこで、今回は、癌由来エクソソームと癌転移に関係する、最新の論文を紹介します。

研究内容

2011年、米国Washington UniversityのJoshua L. Hood 等の研究グループは、とても単純な実験で、癌細胞由来エクソソームが如何に癌の転移において重要であるかを証明しました。彼等は、癌細胞由来エクソソームを注射したマウスと、人工的に作り出したエクソソーム(実験コントロールとして使用)を注射したマウスを用意し、両者のマウスに同じ癌種の、そして、同じ数の癌細胞を移植した時に、どちらのほうがより転移するかを比較しました(ここではリンパ節転移を一つの基準として見ています)。結果は、癌細胞由来エクソソームを注射したマウスに癌を移植するほうが、コントロールに比べより転移するというものでした。しかも、癌細胞は、エクソソームを分泌することで、転移先に自分自身が浸潤していく前から、自分自身にとって、都合の良い環境を整えることが出来ることもわかりました。これらの研究成果はCancer Research誌の表紙を飾りました。

しかし、(1)この癌由来エクソソームがどのような細胞に働きかけるのか、(2)作用する際の分子レベルで何が起こるか等、詳細は明らかにされていませんでした。

上記の不明点の一端を解明したのが、米国Weill Cornell Medical CollegeのHector Peinado 等の研究グループです。彼等は、対象をメラノーマ(悪性黒色腫;melanoma)に絞ります(2011年、Joshua L. Hood 等の研究グループが行った実験もメラノーマを使ったもの)。先ず、彼等は、メラノーマ患者血清中に含まれるエクソソームの量を調べました(図1A、電子顕微鏡で観察したメラノーマ由来エクソソーム)。血清1ml当りのエクソソームの量が、50μg以上含まれる患者と、50μg以下の場合で、メラノーマ患者の予後を解析したところ、50μg以上含まれる患者の方が予後不良であることが分かりました(図1B)。次に、2つのマウスメラノーマの培養細胞株、B16-F10(高転移性を示す細胞株)とB16-F1(低転移性を示す細胞株)のエクソソームを用いた検討を行います。高転移性を示す細胞株B16-F10由来のエクソソームをマウスに注射すると、驚くべき事に、骨髄(bone marrow;以下BM)にエクソソームの蓄積が見られた。そこで、彼等は、エクソソームが作用する細胞として骨髄細胞に着目。高転移性を示すB16-F10のエクソソームで刺激したBMは、低転移性を示すB16-F1のエクソソームで刺激したBMよりも、より癌細胞の転移に協力的に関与することを明らかにしました。彼等は、このことを、tumor-derived exosomes in bone marrow cell education、つまり癌細胞由来エクソソームに「教育」されたBM (以下、BM educated)と呼んでいます。BM educatedと一緒に移植されたメラノーマ細胞は、顕著に肺転移等の所見を示します(図1C)。さらに彼等は、エキソソームで受容体型チロシンキナーゼ※5METの発現を低下させることで、骨髄細胞の転移誘発的挙動が消失することから、メラノーマ由来エクソソームに含まれる、METを介して、骨髄細胞を絶えず「教育」することも明らかにしました。

今回の発見について

今回の研究によって大きく以下の2点が明らかにされました。

  1. 癌由来エクソソームがどのような細胞に作用するのか → 『骨髄細胞』
  2. 作用する際の分子メカニズムはどのようなものか → 『エクソソームに含まれるMETを介して』

これまでの研究で、癌の進展促進にMETが関与していることが明らかになっており、現在、MET阻害剤を用いた癌の治療が可能であるか、臨床試験が進められています。MET阻害剤は、癌自身を標的にするだけでなく、癌組織における微小環境を抑える可能性を秘めていると考えられます。

用語解説

  • ※1:
    様々な細胞が分泌する直径30~100nmの膜小胞のこと。電子顕微鏡で観察することが可能である。この膜小胞の中には、タンパク質、mRNA、miRNAなどの核酸が含まれている。
  • ※2:
    mRNAのmは、「メッセンジャー(messenger)」の意味。DNAから転写されて産物がmRNAであり、このmRNAの遺伝情報を基に、タンパク質が作られる。このmRNAからタンパク質が作られる過程を「翻訳」という。
  • ※3:
    mRNAがタンパク質を作るためのRNAであるのに対し、miRNAは、タンパク質を作らない、ノンコーディングRNA(ncRNA)の一種である。miRNAは、細胞内に存在する20~25塩基ほどの1本鎖RNAで、相補的な配列を有するmRNAと結合することで、mRNAからの翻訳(タンパク質を作ること)を阻害したり、mRNAを分解する働きがある。この働きから、miRNAは遺伝子の発現を調節するRNAと考えられている。
  • ※4:
    主に、免疫系の細胞が出すタンパク質の総称。癌細胞も、サイトカインを出していることが知られている。細胞は、増殖したり、分化したりする時に、周りの細胞とコミュニケーションを図っていて、その際の情報伝達として使われる分子がサイトカインである。サイトカインは、受け取り側の細胞の、決まったレセプター(受容体)と結合することで、情報を伝達している。
  • ※5:
    1回膜貫通型の糖タンパク質で、細胞質領域にチロシンキナーゼ活性を持っている。チロシンキナーゼとは、タンパク質のチロシン残基を特異的にリン酸化する酵素である。タンパク質は、主に、【リン酸化=活性化型】、【脱リン酸化=不活性化型】の構図をとっている。受容体型チロシンキナーゼは、細胞外からの刺激を、細胞内に伝達するスイッチのような役割をしている。

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