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糖尿病薬剤による抗腫瘍効果
論文紹介著者

高本 やよい(博士課程 2年)
GCOE RA
先端医科学遺伝制御部
第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月
Wing-Hang Tong/Cancer Cell.2011 Sep 13;20(3):315-27
文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)
The glycolytic shift in fumarate-hydratase-deficient kidney cancer lowers AMPK levels, increases anabolic propensities and lowers cellular iron levels.
Tong WH, Sourbier C, Kovtunovych G, Jeong SY, Vira M, Ghosh M, Romero VV, Sougrat R, Vaulont S, Viollet B, Kim YS, Lee S, Trepel J, Srinivasan R,Bratslavsky G, Yang Y, Linehan WM, Rouault TA. Cancer Cell. Sep 13;20(3):315-27,2011
論文解説
乳癌においては、術前に薬物療法を行った後、手術で病変を摘出するという術前薬物療法が広く行われています。摘出した手術検体内の病変の遺残を評価し、薬物療法の効果判定を行います。薬物療法が非常に奏功した例においては、完全に病変がなくなっている状態pathological complete response (pCR) が得られることもあります。
2009年、臨床において非常に評価の高いjournalであるJournal of clinical oncology (JCO) において非常に興味深い報告がなされました。糖尿病患者に対して古くから使われているMetforminという薬剤を使用していた乳癌患者群において、使用していなかった患者群よりもpCRの割合が高かったというコホート研究の報告でありました。(図1)
図1
この報告から、Metforminの抗腫瘍効果が広く知られるようになり、乳癌以外の癌種においても多くの報告がなされ、現在数多くの前向き臨床試験が行われています。抗腫瘍効果の分子メカニズムとしては、Metforminが細胞増殖シグナルであるmTORC1(※1)を阻害する作用を有するAMPK(以下参照)をリン酸化することによるものと報告されてきました。(図2)
図2
AMPKはタンパクリン酸化酵素で、細胞内のエネルギーが欠乏すると活性化されます。活性化されたAMPKはエネルギー浪費経路を遮断し、反対に産生経路の効率を高める方向に作用します。エネルギー浪費経路とは、細胞増殖やそれに必要なタンパク・脂質合成経路です。 エネルギー産生経路では、AMPKは糖や脂質の燃焼を増加させます。そのため、肥満および糖尿病に対してはAMPKを活性化させることが1つの治療戦略と考えられています。
このMetforminが注目された大きな一因として、薬価の問題がありました。
現在、一部の癌種では保険適応となり、また乳癌においては大規模臨床試験が行われているmTOR inhibitorは非常に高価な薬剤であるのに対して、Metforminは非常に安価な薬剤であり、医療経済の面からも非常に興味深い報告でありました。
今回、ご紹介させて頂く論文においては、このAMPKは、鉄の代謝、鉄の細胞内の取り込みに関与しており、AMPKのリン酸化はmTORC1阻害の側面だけではなく、鉄の代謝の側面からも抗腫瘍効果に繋がることが報告されました。
鉄は様々な化学反応の触媒、また酸素運搬を担うヘモグロビンの重要な構成元素であり、人体において必須である一方、鉄の過剰はフリーラジカルの産生などの毒性も有しています。そのため、生体・細胞内でのその濃度は、非常に厳密に制御されています。
今回の実験系では、フマラーゼというTCAサイクル(※2)において、フマル酸からリンゴ酸を生成するために必要な酵素が欠如した細胞株(UOK262)を使用しています。そのため、これらの細胞はTCAサイクルが正常に機能しておらず、嫌気性代謝(※3)によりエネルギー産生を行っています。これは、癌細胞が行うエネルギー産生システム(Warburg Effect) と非常に似通っています。これらの細胞では、AMPKの活性化が低いレベルにあることが示されました。(図3)
図3
また、鉄は図4にあるようなシステムで細胞内の鉄の取り込み・排出が制御されています。彼らは、AMPKはThe divalent metal transporter 1 (DMT1)という細胞内に鉄を取り込む輸送体の制御、引いては細胞内の鉄の濃度を制御しており、AMPKがDMT1を制御するシグナルの間には、有名な癌抑制遺伝子であるp53が関与していることを明らかにしました。(図4)
図4
鉄の欠乏は、prolyl hydroxylase (PHD)と呼ばれる分子の働きを抑制することで、Hypoxia Inducible Factor( HIF, 低酸素誘導因子)(以下参照)を誘導することが報告されています。酸素が十分にある場合、HIFはPHDにより特定のプロリン残基の水酸化を受けて分解され、一方酸素濃度が低下すると、PHDの酵素活性が著しく低下するためHIFは分解されず、HIFは核内に移行し、低酸素応答配列(HRE)依存性に遺伝子発現を活性化します。(図5)
図5
癌の病巣においては血流不足などによる酸素供給不足(低酸素)状態が認められますが、癌細胞が生き延びるためには新たに血管網を形成することにより病巣への血流を増加し、低酸素状態を脱する必要があります。そのための機能を担うべく低酸素条件下おいて誘導される転写因子がHIFであり、vascular endothelial growth factorやエリスロポエチンなどの遺伝子発現を誘導し血管新生や造血などを刺激します。そのため、HIFの誘導は、癌細胞に非常に有利に働きます。
要約すると、TCAサイクルへの依存が低い細胞群(癌細胞など)においては、AMPKの活性化が低下しており、細胞内の鉄の取り込みが低下することで、細胞内の鉄濃度の低下、引いてはHIFが誘導されることで、生存・増殖において有利な環境をつくることが示されました。
図6
AMPKと鉄の代謝、そしてHIFの関連性が明らかになったことで、AMPKの活性化作用を有するMetforminはmTORC1の阻害というだけではなく、鉄代謝の観点からも抗腫瘍効果が期待されることが示されました。(図7)
図7
この論文により、今後のAMPKを中心とした分子標的治療薬の将来をさらに興味深いと感じるようになりました。
用語解説
- ※1 mTORC1:
mTOR複合体1(mTORC1)はmTOR、mLST8/GβL(mammalian LST8/G-protein β-subunit like protein)、Raptor(regulatory associated protein of mTOR)およびPRAS40とDEPTORからなる。この複合体は、栄養・エネルギー・酸化還元状態に関する情報により、タンパク質生合成の制御に関わる。mTORC1は低栄養状態、成長因子の不足、還元ストレス等の刺激により抑制される。多くの癌で見られるPI3Kの変異・活性化やp53、Tsc1/2、Lkb1、Pten、Nf1の変異・不活性化がmTORC1の活性化につながっている。 - ※2 TCAサイクル:
好気的代謝に関する最も重要な生化学反応回路であり、酸素呼吸を行う生物全般に見られる。解糖や脂肪酸のβ酸化によって生成するアセチルCoAがこの回路に組み込まれ、酸化されることによって、ATPや電子伝達系で用いられるNADHなどが生じ、効率の良いエネルギー生産を可能にしている。またアミノ酸などの生合成に係る物質を生産するという役割もある。 - ※3 嫌気性代謝:
嫌気的解糖とは無酸素状態時の解糖系の経路のこと。グルコースからピルビン酸まで分解し、その後電子伝達系などが停止している場合には、ピルビン酸から更にアルコールや乳酸などに分解を行う。その主たる目的は嫌気状態でもATPの生産を行うこと、また再び解糖系を稼動させるためにNADHの酸化を行うことにある。

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