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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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アルデヒドが真犯人!?DNA損傷と再生不良性貧血

論文紹介著者

山下 真幸(博士課程 3年)

山下 真幸(博士課程 3年)
GCOE RA
発生・分化生物学

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Juan I. Garaycoechea/Nature 489, 571-575 (27 September 2012)

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Juan I. Garaycoechea, Gerry P. Crossan, Frederic Langevin, Maria Daly, Mark J. Arends & Ketan J. Patel. Genotoxic consequences of endogenous aldehydes on mouse haematopoietic stem cell function. Nature 489, 571-575, 2012

論文解説

血液中の白血球、赤血球、血小板はすべておおもととなる細胞である造血幹細胞から作られています。古くなった血液細胞は日々壊され、失われていきますが、血液中のこれらの細胞の数がほぼ一定に保たれているのは、骨髄にいる造血幹細胞が細胞分裂をして、必要な分だけ新しい血液細胞を供給してくれるからにほかなりません。もし造血幹細胞がうまく細胞分裂できなくなると、大変困った状況になります。新しい血液細胞を供給できないため、血液中の細胞は徐々に失われる一方です。白血球が少なくなると、細菌やウイルスなどの病原体から身を守る抵抗力が低下し、感染を起こしやすくなります。酸素を体のすみずみに運んでいる赤血球が少なくなれば、貧血となってめまいや立ちくらみ、息切れなどが生じます。さらに、血小板はけがをした時などに血を止める重要な働きを担っており、血小板の数が低下するとちょっとしたことで出血しやすくなります。

このように、造血幹細胞がうまく細胞分裂できないためにすべての血液細胞の数が減少してしまう病気が、再生不良性貧血であると考えられています。再生不良性貧血では造血幹細胞に何らかの異常でその質および数が低下し、すべての血液細胞の数が低下する汎血球減少に陥ります。その結果、先に述べたような様々な症状を呈するようになります。

再生不良性貧血は、生まれつき遺伝子の異常があって起こる場合とそうでない場合の大きく二つに分けられます。後者の方が圧倒的に頻度は高いのですが原因がわからないケースがほとんどです。前者の大部分は今回ご紹介するFanconi貧血(※1)で、生後より再生不良性貧血を発症する病気として古くから知られていました。

Fanconi貧血の患者さんは、生まれつきの外見上の変化のほかに、年齢とともに徐々に再生不良性貧血が進行し、さらに白血病やがんを起こしやすいという特徴があります。さらに、患者さんの細胞にマイトマイシンC(※2)という抗がん剤の一種を作用させると、その染色体がちぎれたり互いにくっついたりしやすくなる、という性質が知られていて、これは現在でもFanconi貧血の診断に用いられています。実は、マイトマイシンCという薬にはDNAどうしを強制的にくっつけてしまう性質があります。DNAは2本の鎖がスパイラル状に向かい合った2重らせんという構造になっているので、マイトマイシンCのようなDNAどうしを共有結合で強制的にくっつけてしまう薬物が作用すると、DNAの2本の鎖の間で架橋が形成され、ちょっとやそっとでは離れられなくなるという事態が生じるのです。通常ではこの架橋を修復する仕組みが備わっているので問題ないのですが、Fanconi貧血ではその仕組みに重要な遺伝子が欠損しているために、いったん架橋が形成されると元に戻せなくなり、染色体がお互いにくっついたり無理に引きはがそうとしてちぎれたりして、最終的に細胞分裂ができなくなったり、別の遺伝子に傷がついて白血病になったりすると考えられます。

さて、私たちの体の中には普段マイトマイシンCは存在しません。DNAどうしの架橋を解除するシステムが失われても、架橋が作られなければそれほど大きな異常は起こらないはずです。それでもFanconi貧血の患者さんで様々な異常を認めるのは、生体内に普段からマイトマイシンCのようなDNAどうしを架橋してしまう反応性の高い物質が存在するからと考えられます。そこで著者らは、生体内に存在するアルデヒド(※3)に注目しました。中でもエタノールの代謝産物であるアセトアルデヒドが有名ですが、この物質は生体内においてDNA分子中のグアニンと反応してDNAどうしやDNA‐タンパク質間の架橋を形成する可能性が指摘されています。したがって、彼らはこのアルデヒドが生体内においてDNAどうしの架橋を形成する真犯人であり、Fanconi貧血の原因遺伝子が欠損するとこの架橋を修復できず様々な障害が生じる、と考えました。

その可能性を検証するために、著者らは有害なアルデヒドを毒性の少ないカルボン酸に換えるアルデヒド脱水素酵素2型(Aldh2)(※4)と、Fanconi貧血の原因遺伝子の一つFancd2(※5)の両方をもたないマウス(Aldh2-/-Fancd2-/-マウス)を作りました。すると興味深いことに、このAldh2-/-Fancd2-/-マウスは実際のFanconi貧血の患者さんとよく似た異常を呈することがわかりました。そのうち、胎児期に様々な発生学的異常を示すことや、生まれてきたマウスの大部分が加齢に伴い白血病を発症することを著者らは2011年のNatureに発表しています。そして今回、白血病を発症しなかった一部のAldh2-/-Fancd2-/-マウスは再生不良性貧血を発症することを明らかにしました(図A)。実は、これほどFanconi貧血に近い症状を示すマウスは他に例がありません。著者らはさらにこの貧血マウスの解析を進め、特に造血幹細胞においてDNA損傷の指標であるγH2AX(※6)が蓄積していることを突き止めました。つまり、年齢とともにDNA損傷がたまってしまうために造血幹細胞が正しく細胞分裂できなくなり、再生不良性貧血や白血病を呈するようになると考えられます。これらの異常はAldh2を持っているマウス(Aldh2+/+Fancd2-/-)では認められないことから、彼らはAldh2によるアルデヒドの代謝が造血幹細胞の保護に重要であると推測し、アルデヒドとともに培養した造血幹細胞の機能を調べたところ、実際にAldh2をもたない場合には活性が著しく低下するという結果を得ました(図B)。さらにこのAldh2活性は造血幹細胞に特徴的で、より成熟した血液の前駆細胞ではAldh2活性が低いこともわかりました。そこで若い健康なAldh2-/-Fancd2-/-マウスの造血幹細胞を調べたところ、このマウスでは若いうちから造血幹細胞にγH2AXが蓄積し、幹細胞としての性質が低下していることがわかりました(図C)。したがって、Aldh2-/-Fancd2-/-マウスはまだ健康な若いうちから造血幹細胞にDNA損傷を生じ、それが加齢とともに蓄積することによって、造血幹細胞の性質が徐々に失われ、再生不良性貧血が生じるものと考えられました(図D)。

実は日本人の約半分はAldh2活性が生まれつき低く、アセトアルデヒドの代謝速度が遅いためにお酒を飲んだ後の赤ら顔や二日酔いになりやすいといわれています。本論文からすると、Aldh活性が低いのにお酒を飲みすぎてしまう人は再生不良性貧血になりやすいのかもしれません。いずれにしても、お酒の飲みすぎには注意したいものです。

用語解説

  • ※1 Fanconi貧血:
    染色体の不安定性を背景に、進行性汎血球減少、骨髄異形成症候群や白血病への移行、身体奇形、固形癌の合併を特徴とする常染色体劣性または伴性劣性疾患。現在のところ15個の原因遺伝子(FancA-P)が同定されており、いずれの遺伝子の機能が失われても発症しうる。いずれかの遺伝子のヘテロ欠損は約300人に1人。
  • ※2 マイトマイシンC:
    抗がん性抗生物質の一種。腫瘍細胞のDNAと結合し、2本鎖DNAへの架橋形成を介してDNAの複製を阻害し抗腫瘍効果を示すと考えられている。
  • ※3 アルデヒド:
    分子内にアルデヒド基(-CHO)を持つ有機化合物の総称。本論文で登場するアセトアルデヒドは生体内でエタノールの代謝産物として生じるほか、アミノ酸の一種であるアラニンや核酸の一種であるデオキシリボースの代謝過程で生じる。
  • ※4 アルデヒド脱水素酵素2型(Aldh2):
    ヒトにおいて飲酒後のアセトアルデヒドを酢酸に変換する活性を担う酵素。ミトコンドリアに存在し、低濃度のアセトアルデヒドでも作用する。アイソザイムであるAldh1はアセトアルデヒドが高濃度にならないと作用しないとされる。日本を含む東~東南アジア地域にのみAldh2の点突然変異が見つかっており、日本では約40%がヘテロ接合体、4%が変異型ホモ接合体であるという。Aldh2は4量体として機能しているため、ヘテロ接合体でもその活性は正常型の1/16になる。
  • ※5 Fancd2:
    Fanconi貧血の原因遺伝子の一つ。Fanconi貧血の原因遺伝子はすべて「Fanconi貧血経路」というDNA2本鎖間の架橋を修復するシステムに関連している。Fanconi貧血経路ではまずFancMが架橋の位置を認識し、そこにFancA/B/C/E/F/G/Lが結合してFA複合体を形成する。このFA複合体はユビキチンE3リガーゼ作用をもっており、基質であるFancI/D2複合体(ID複合体)をモノユビキチン化する(スイッチON)。するとモノユビキチン化されたID複合体が足場となって、DNA修復を実行する様々なタンパク質が呼び寄せられる。架橋のUnhooking、ヌクレオチド除去修復、相同組み換え修復、損傷乗り越え複製が連動して起こり、架橋部位を修復し終えると、脱ユビキチン化酵素であるUsp1によってID複合体が脱ユビキチン化され、反応が終了する(スイッチOFF)。
  • ※6 γH2AX(リン酸化H2AX):
    ヒストン構成タンパク質H2AXがリン酸化されたもの。核内ではDNAがヒストンに巻き付いた状態で存在するが、ヒストンを構成するタンパク質にはH1、H2A、H2B、H3、H4の5種類が知られており、H2AXはH2Aの一種である。様々なストレスによってDNA2本鎖切断が生じると、損傷応答キナーゼの一種であるATMやATRによりH2AXの139番セリン部位がリン酸化され、損傷部位の近傍にγH2AXが集積する。このγH2AXを特異的に認識する抗体で免疫染色を行うと、γH2AXがフォーカス状に核内に点在する様子が観察でき、この現象を利用してDNA2本鎖切断の部位を視覚的に検出することができる。

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