慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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iPS細胞でC型肝炎ウイルス感染のモデルをつくる

論文紹介著者

山口 有(博士課程 2年)

山口 有(博士課程 2年)
GCOE RA
小児科学

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Robert E. Schwartza/109(7):2544-8(PNAS)・2012 年2月

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Schwartz RE, Trehan K, Andrus L, Sheahan TP, Ploss A, Duncan SA, Rice CM, Bhatia SN. Modeling hepatitis C virus infection using human induced pluripotent stem cells. Proc Natl Acad Sci U S A. 14;109(7):2544-8, 2012

論文解説

研究の概要

今回は、ヒトのiPS細胞(※1)を使うことで感染症の研究や治療が大きく変わるかもしれないという、新しい展望を示した論文を紹介します。2012年1月に米国の科学雑誌(PNAS)で発表されたSchwartsらの論文で、ヒトのiPS細胞を肝細胞様細胞(※2)に分化させて、C型肝炎のモデル細胞を作ることに成功したというものです。これは、ヒトのiPS細胞を使って感染症のモデル細胞を作ることができることを示した初めての報告です。

感染症が引き起こされる過程では、病原体と宿主(=ヒトなど、感染を受ける生物)とが、お互いに複雑に作用しあっていると考えられています。C型肝炎ウイルスはヒトの肝細胞に持続的に感染し、炎症(C型肝炎)やその結果生じる組織の変化 (脂肪肝や肝硬変)、がん(肝細胞がん)の原因になります。この過程では、ウイルスがヒトの細胞にある特定の遺伝子やタンパクを利用したり、逆にヒトの細胞がウイルスを排除するために免疫細胞などに情報を伝えるタンパクなどを作ったりします。つまり、C型肝炎が進行するときには、ウイルスの特徴だけでなく、宿主自身が作るタンパクやその設計図である遺伝子の特徴も重要です。C型肝炎ウイルスはヒトやチンパンジーの肝細胞等、特定の細胞にしか感染しないため、研究のもとになる細胞の入手が困難で、ヒトの遺伝的な特徴がどのような役割を果たしているのかを研究する方法はほとんどありませんでした。

iPS細胞は皮膚や血液など、採取しやすい体の細胞から作ることができ、同じ遺伝子をもつ様々な細胞に分化させることができます。ですから、特定の遺伝子のタイプを持つ人からiPS細胞を作って肝細胞様細胞に分化させ、試験管の中でその細胞をウイルスに感染させることができれば、その人の肝細胞が病原体と出会った時に何が起こるかを研究できる可能性があります。

研究グループは、ヒトのiPS細胞から肝細胞様細胞を作り、C型肝炎ウイルスを肝細胞様細胞に感染させることができること、感染した肝細胞様細胞は炎症を起こすシグナルを伝えるタンパクを作ることを示しました。このような病気のモデルを使えば、感染に影響する遺伝子の特徴が異なる人から作られたiPS細胞を使ってC型肝炎の仕組みや治療効果の違いを調べることができ、さらに、別の組織や別の病原体に応用すれば、別の感染症のモデルも作れるかもしれません。

図:C型肝炎のモデル(論文から一部改編して抜粋)
細胞を提供した人のiPS細胞から肝細胞様細胞を作り、別な提供者から得たC型肝炎ウイルスを感染させてウイルス感染のモデル細胞を作製する。
ウイルスが感染したことがわかるように、発光するC型肝炎ウイルス(発光する酵素の遺伝子を組み込んだウイルス)を作る。

研究方法と結果

  1. 肝細胞様細胞は肝細胞の特徴を持ち、C型肝炎ウイルス感染に関連する因子を作った
    研究グループはまず、iPS細胞を肝細胞様細胞に分化させました。肝細胞の性質をもつ証明として、肝細胞様細胞の多くが肝細胞に似た形をし、肝細胞が分泌するタンパク(アルブミンなど)を作ること、長期間培養しても肝細胞に特異的なタンパクを分泌することを確認しました。肝細胞ではウイルスの複製を助ける因子(microRNA-122)や、ウイルスが侵入するときに利用するタンパクが発現していて、感染が成立するための重要な因子となっていますが、肝細胞様細胞がこれらの因子も多く発現していました。ただし、肝細胞様細胞は、胎児の肝細胞に似た未熟な特徴(αフェトプロテインの発現など)を持っていました。
  2. 肝細胞様細胞の中で、C型肝炎ウイルス感染が完全に成り立った
    次に肝細胞様細胞がC型肝炎ウイルスに感染するかどうかを検討しました。ウイルスは顕微鏡で見えないので、C型肝炎に感染した患者さんからC型肝炎ウイルス(遺伝子型2aのC型肝炎ウイルス)を分離した後、発光酵素であるルシフェラーゼの遺伝子をウイルスに組み入れ、光の強さで検出できるようにしました。C型肝炎ウイルスは肝細胞に侵入すると、ウイルス自身の遺伝子やタンパクを合成し、自分自身を複製します。感染させた細胞では強い発光がみられ、更にウイルス複製を妨害する抗ウイルス薬を使うと発光がなくなりました。また、感染させた細胞はウイルスの遺伝子が多く含まれ、ウイルスが作るタンパク分解酵素の活性があることも確認しました。これは、C型肝炎ウイルスが肝細胞様細胞に侵入し複製を起こしたことを示します。更に感染させた肝細胞様細胞の培養液を、感染していない細胞にかけると感染を起こすことも確認されました。これは肝細胞様細胞の外にウイルス粒子が放出され、放出されたウイルスによって他の細胞が感染する、というウイルス感染の全ての過程が再現できたことを意味します。
  3. C型肝炎ウイルス感染の結果、肝細胞様細胞は炎症を引き起こす反応を示した
    さらに、感染後の培養液を調べ、炎症を起こすシグナルであるTNFαが分泌されていることがわかりました。これはウイルスに感染した細胞が反応して引き起こす炎症の特徴を示すものです。これまでの研究から、IL-28という遺伝子には遺伝子の型がいくつかあり、その違いがC型肝炎治療の有効性に関連すると予測されています。研究グループは肝細胞様細胞でのIL-28の発現が、感染直後に高まり14日後に減少することも発見しました。

今後の課題と展望

今回の研究は、iPS細胞技術がC型肝炎研究に応用できることを初めて示した点で強いインパクトを持っています。いくつか弱点もあり、肝細胞様細胞が未熟なことや、使ったウイルスが日本や米国で頻度の多い遺伝子型1aでなかったことなどが挙げられます。ただし、これは現時点での肝細胞様細胞の培養技術やウイルス培養技術の限界でもあります。今後、多くの患者さんで肝炎の治療効果を予測するような研究にしていくためには、成熟した肝細胞様細胞を培養する方法や他の遺伝子型のウイルスの増殖方法などの開発が期待されます。

用語解説

  • ※1 iPS細胞:
    2006年に京都大学の山中教授らが世界で初めて作り出した細胞で、身体の細胞に転写因子(Klf-4, Oct3/4, Sox2, c-Mycなど)を遺伝子導入することで作成されます。iPS細胞はiPS細胞自身を自己複製能と、神経や心筋、肝臓など様々な機能多分化能を持っています。
  • ※2 肝細胞様細胞:
    ここではiPS細胞から分化させた細胞で、肝臓を構成している「肝細胞」の機能を持つものを指します。iPS細胞から分化させたこうした細胞は、肝細胞と性質が異なる可能性があるため、両者を区別しています。

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