慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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なくならないのは技がある!

論文紹介著者

林地 のぞみ(博士課程 2年)

林地 のぞみ(博士課程 2年)
GCOE RA
循環器内科

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Andrew Troy/Cell Stem Cell Vol 11, 541-553. October 5 2012

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Andrew Troy, Adam B. Cadwallader, Yuri Fedorov, Kristina Tyner, Kathleen Kelly Tanaka,and Bradley B. Olwin
Coordination of Satellite Cell Activation and Self-Renewal by Par-Complex-Dependent Asymmetric Activation of p38a/b MAPK Cell Stem Cell vol 11, 541-553, October 5, 2012

論文解説

筋肉トレーニングで筋肉量が増えるという体験をされた方は多いと思いますが筋量が増加するメカニズムはご存知でしょうか?筋肉は筋線維という筒状の多細長い細胞が束になることで形成されています。(図1)

図1 骨格筋と筋繊維

筋量の増加には筋衛星細胞という細胞が重要な働きをしています。筋衛星細胞は未分化性の高い細胞で、筋繊維の辺縁部に細胞が細胞周を停止させた状態(まるで眠っているかの様な状態)で存在しています。筋トレを行うとこの眠っている筋衛星細胞を起こさせるシグナルが入り、睡眠から目覚めた筋衛星細胞は活発に増殖をおこない筋繊維に融合することで筋繊維を太くします。(図2)筋の断面積が増加し筋が肥大するこれが筋肉トレーニングによって筋量が増えるメカニズムです。この過程を繰り返す事で私たちは筋肉を維持しているのですが、細胞は分裂できる回数が決まっていて(50回ほど)無限に増殖する事ができません。では筋トレを行う事で筋衛星細胞を活性化させる事で細胞が枯渇することはないのでしょうか?
実は筋衛星細胞は一度目覚めた筋衛星細胞を全て筋に分化させずに特殊な方法を使って一度活性化した細胞の一部を再び眠らせて筋衛星細胞の数を維持しています。(図2)以前からこの現象が起こる事は知られていましたが作用機序は不明でした。

図2 骨格筋が太くなるメカニズム

しかし、2011年に筋衛星細胞が不等細胞分裂をおこして未分化性の高い細胞を残している事が報告されました。細胞分裂は一つの細胞が二つ以上の細胞に分裂する現象ですが、分裂する前の細胞と同じ細胞に分裂する等分裂と、分裂する前の細胞と同じ細胞と異なる細胞と分裂する不等分裂の二種類があります。(図3) 造血幹細胞や癌細胞でもこの不等分裂を起こすことがしられていますが筋衛星細胞の同様に不等分裂をおこして未分化性の高い細胞を維持していた事が明らかとなりました。しかしどのような機構で不等分裂をおこしているのかまでは解明されませんでした。今回紹介する論文は細胞の増殖に関与する細胞内シグナルp38(※1)のリン酸化と細胞極性関連蛋白が相互作用することで筋衛星細胞の不等分裂に寄与している事を発見しました。

図3 細胞分裂と非対称性分裂

実験内容

まず彼らの研究グループはBrdUとAraCを用いて筋衛星細胞が再不活化している事を確認しました。BrdUはDNAの複製(※2)時にDNA鎖に取り込まれるために添加した時に増殖した細胞を標識することができます。(図4) また、BrdUを取り込んだ後で増殖した細胞はBrdUの量が半分になるために分裂した細胞も区別できます。つまりBrdU標識が長期間保持されている細胞はBrdU標識時に分裂し、その後分裂せずに静止状態の細胞であることを判断できます。またAraCは増殖しようとする細胞を殺す薬剤で白血病などの癌の治療に使用されます。つまりAraC存在下でも生存している細胞は細胞周期が停止している細胞である事を示唆しています。筋衛星細胞を培養すると長期間BrdUで標識されAraCをしても生存する細胞が確認されたことから増殖後再び不活性化した細胞が存在する事を示しました。

図4 BrdU陽性筋衛星細胞

次にこの再不活性化のメカニズムを解明するためにDNA chip解析を行いました。DNA chip解析とは細胞内の様々な遺伝子の発現を網羅的に定量化したデータをもとに解析を行う実験手法です。今回は損傷していない筋衛星細胞、損傷後の筋衛星細胞の遺伝子の発現パターンや量をそれぞれ比較するとPKC(Protein Kinase C)PAR3といった細胞極性(※3)に関与している遺伝子の発現が変化している事がわかりました。さらに細胞内のPKCの発現を低下させ、細胞極性関連遺伝子がどのような作用をしているかを調べました。するとPKCの発現を低下させるとMyo D(※4)という筋の分化に重要な遺伝子の発現が低下する事を発見しました。Myo Dはp38のリン酸化シグナルが関与しているので、筋衛星細胞でp38がリン酸化されている領域とPKCやPARといった細胞極性関連遺伝子の発現領域が一致している事を確認しました。以上の事から、筋衛星細胞はPKCやPARといった細胞極性関連遺伝子とp38のリン酸化を利用して非対称分裂を行っている可能性を示唆しました。

最後に細胞極性関連遺伝子とp38のリン酸化の相互作用を解明するために細胞極性関連遺伝子の発現を低下させることで分裂時の変化を確認しました。するとPARの発現が低下するとp38のリン酸化が低下し、細胞分裂がおこりにくくなり静止状態の細胞が増加する事がわかりました。以上のことから細胞極性関連遺伝子はp38のリン酸化に関与して非対称分裂を制御していることがわかりました。

この様にどんなに激しいトレーニングを長期間行おうが筋衛星細胞が枯渇することはないので安心してトレーニングを行ってください。

用語解説

  • ※1 p38:
    新規分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼファミリーの一つ。紫外線やサイトカインの刺激により活性化されるシグナルカスケード。
  • ※2 DNA複製:
    細胞分裂をおこなう前にDNAが複製され倍化する現象。
  • ※3 細胞極性:
    細胞に生じる細胞膜や細胞内の空間的な分子の偏り。細胞が極性を持つ事で様々な機能や活性が起こる。細胞極性を得る事が分化である。
  • ※4 Myo D:
    筋の運命決定遺伝子。筋分化関連遺伝子の発現に関連する転写因子。

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