慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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造血幹細胞の老化と若返り

論文紹介著者

宮脇 慎吾(博士課程 2年)

宮脇 慎吾(博士課程 2年)
GCOE RA
生理学

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Maria Carolina Florian/Cell Stem Cell 10, 520-530, May 4, 2012

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Florian MC, Dorr K, Niebel A, Daria D, Schrezenmeier H, Rojewski M, Filippi MD, Hasenberg A, Gunzer M, Scharffetter-Kochanek K, Zheng Y, Geiger H.
Cdc42 activity regulates hematopoietic stem cell aging and rejuvenation. Cell Stem Cell. 10:520-30.2012

論文解説

近年、先進国では超高齢化社会に突入にし、老化に伴う加齢性疾患の増加が社会的な問題となっている。「老化」を生物学的に定義することは、極めて難しい。年齢は60歳を超えているのに、肌は若々しいヒトや、いわゆる血液年齢が若いヒトは多くいるであろう。生物が老化する原因を解明し、そのメカニズムを止めることで生き物は老化を防止する、さらには若返ることができるかもしれない。

生物学としての老化研究では、早老モデルマウスが数種類開発されている。その一つが、今回紹介する論文の中心的遺伝子Cdc42※1の高活性型マウスである。2007年に著者らのグループはCdc42の活性化型が老化に伴って多くなっていることを発見した1。本論文でも登場するCdc42高活性型マウスは、Cdc42 GTPase-activating protein (Cdc42GAP)というCdc42を活性型から不活性型に変換するタンパクを遺伝子改変により無くすことで、間接的にCdc42を活性型に維持したマウスである。このマウスは年齢的に若い段階で、心臓や脳、肺、骨、肝臓、脂肪、骨髄などで高齢マウスと同じ症状を示す。著者らは、この早老マウスを使って、造血幹細胞 (Hematopoietic Stem Cell; HSC※2) の老化を制御することに挑戦した。

HSCの老化の定義

高齢マウスでは、白血球、赤血球、リンパ球の減少と骨髄細胞の増加が起こる。HSCの能力が低下し、分化した白血球、赤血球、リンパ球の数が減少したと考えられる。高齢マウス(Donor)のHSCを他のマウス(Recipient)に移植し、移植したHSC由来の血球細胞の割合を測定することでHSCの老化度合いを検定できる。

Cdc42活性化型マウス(早老マウス)では、Cdc42の細胞内局在(Cell Polarity)に変化が見られる。若いHSCではCdc42は極性がはっきりしている(Polar)が、高齢マウスのHSCは極性がばらついている(Apolar)ことが分かる。また、Cdc42活性型早老マウスでも、高齢マウスのHSCと同様に、極性がはっきりしないことから、HSCの老化はCdc42の活性化により、Cell Polarityが不安定になることが原因であると考えられる。

CASINによる早老HSCの若齢化

CASINは選択的にCdc42の活性化を阻害する薬剤である。高齢マウス由来のHSCをCASINにより処理して、HSCの若返りを試みた。高齢マウスのHSCは極性がはっきりしていなかったが、CASIN処理によって、若齢マウスと同等に改善したことが分かる。

若齢化HSCの生体内での機能

CASINにより若齢化されたHSCが、個体内での機能も若齢化されているかを、マウスへの移植実験で確かめた。若齢化HSCの移植でDonor由来の血球細胞の割合が増加しており、若齢マウス由来のHSCには及ばないが、明らかに老化が改善されていることが分かる。つまり、HSCを生体から取り出し、CASINにより若返り処理をしてから生体に戻すことで、老化した血液を若返らせられる可能性が示されたことになる。

long-lasting "memory effect"

CASIN処理をして若齢化したHSCがなぜ生体内でも機能的であったかを考察した。つまり、CASIN処理をして数週たったHSCは、もとのようにCdc42の活性が上昇し老化HSCになる可能性があるにもかかわらず、血液の若返りが起こったのか。その答えはエピジェネティックな変化にあった。CASIN処理をしたHSCは若齢HSCと同様にヒストンH4リジン16のアセチル化が低下していた。ヒストンH4リジン16のアセチル化は酵母や線虫の老化に関与していることが知られており、老化するとアセチル化が亢進する。

著者らは、Cdc42の活性化が、幹細胞の老化における細胞の内在性調節をおこなっていることを証明した。さらに、CASIN処理をすることによって、HSCの若齢化(Cell Polarity、生体内機能、エピジェネティック変化)が可能であることを示した。最近まで老化は不可逆的な過程であるとされ、薬剤による若返りを証明した論文は本論文が初とされている2。また、近年、血液の老化を制御することで脳や臓器の老化を制御できる可能性を示した論文が報告されている。本論文は、血液の「若返り」ができる可能性を示した点で大変価値の高い論文であり、個体としての「若返り」への第一歩である。

  1. Wang, L., Yang, L., Debidda, M., Witte, D., and Zheng, Y. Cdc42 GTPase-activating protein deficiency promotes genomic instability and premature aging-like phenotypes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 104, 1248-1253, 2007
  2. Carmen Carrillo-Garcia, Viktor Janzen . Restoring Cell Polarity: An HSC Fountain of Youth. Cell Stem Cell, 10, Issue 5, 481-482, 2012

用語解説

  • ※1 Cdc42:
    RhoファミリーGタンパク質(Rho, Rac, Cdc42)の一つ。主に細胞骨格、細胞増殖の制御に関わる。GTPと結合すると活性型、GDPと結合すると不活性型になる。Cdc42GAPはGTPを脱リン酸化して不活性型にする。
  • ※2 造血幹細胞:
    血球系細胞(赤血球、白血球、血小板、肥満細胞、樹状細胞)に分化する幹細胞。分化した血球系細胞には寿命があり、マウスに10Gy程度の放射線を照射すると造血幹細胞が死滅し、血球系細胞の供給がなくなる。造血幹細胞移植により移植細胞由来の血球系細胞で代替することができる。本論文の移植も放射線照射後に移植をおこなっている。

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