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癌幹細胞は治療標的にならない!?
論文紹介著者

川村 直(博士課程 4年)
GCOE RA
先端医科学研究所細胞情報部門
第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月
Lindy E. Barrett/Cancer Cell 21, January 17, 2012
文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)
Self-Renewal Does Not Predict Tumor Growth Potential in Mouse Models of High-Grade Glioma
Lindy E. Barrett, Zvi Granot,1 Courtney Coker, Antonio Iavarone, Dolores Hambardzumyan, Eric C. Holland, Hyung-song Nam, and Robert Benezra
Cancer Cell 21, 11-24, January 17, 2012
論文解説
はじめに
身体を構成する臓器や組織は、各臓器・組織ごとに元となる幹細胞によって機能の維持がなされている。幹細胞は、自分と同じ細胞を作り出す自己複製能、色々な細胞に分化する多分化能という性質を有しており、組織の再生や成長において非常に重要である。
一方で、がんにおいても、正常の幹細胞と同じような性質を有した細胞集団(いわゆる癌幹細胞)が存在し、癌の増大に関与することが報告されている。事実、未分化な細胞から高度に分化した細胞など、様々な「癌細胞」が混在することで複雑な腫瘍組織が構成されている。言い換えれば、腫瘍組織の中に存在する癌幹細胞が、様々な性質の「癌細胞」を供給することで階層性を有した腫瘍組織を構成しているのである (癌幹細胞仮説)。また、癌幹細胞は「癌細胞」よりも抗ガン剤や放射線に対する強い抵抗性や、癌の転移に重要な役割を果たしていることが報告されており、既存の抗ガン剤や放射線療法によって癌が退縮したにもかかわらず、再発などが起こる原因の1つになっている。
今回紹介する論文は、これまで提唱されてきた癌幹細胞仮説とは異なり、幹細胞の特徴である自己複製能を有した細胞集団よりも、自己複製がない細胞集団の方が腫瘍の増大を促進し癌の悪性度を増強させる、という内容である。
ヒトの脳腫瘍では、p14(Arf)/p16の機能喪失(49%)、PDGFRの活性化(13%)、KRASの変異(88%)などの変異が原因によって起こることが報告されている。この実験系では、ヒトの脳腫瘍モデルを再現するため、Arf欠損マウスをベースとして、PDGFRの変異ないしKRAFの変異を導入したマウスから脳腫瘍を作製した。そして、発症した脳腫瘍からId1を発現している細胞群及びId1を発現していない細胞群とに分離し、詳細な機能解析を試みた(Id1を発現している細胞は、腫瘍中の0.35~0.67%ほど)。
Id1を発現している細胞群ではId1を発現していない細胞群に比べ、tumor sphereの形成能力が高いこと、コロニー形成能が高いことが確認された。これらの事より、Id1を発現している癌細胞は自己複製能が高く、幹細胞様の性質を有していることが示唆された。
次にId1の機能を解析するために、これらの細胞を二次移植し、腫瘍の形成能とマウスの生存について解析を行った。これまでの癌幹細胞仮説では、幹細胞様の性質をもつ細胞を移植する方が腫瘍の増大を引き起こすとされていたのだが、この実験系では逆に、Id1の発現がないものを移植したマウスの方がId1の移植した群に比べて、腫瘍の生着が向上すること、マウスの生存率が低下することが示された。
Id1の発現ない細胞を移植した群において腫瘍の増殖が促進したのはなぜなのか。一つの可能性として、移植した一部の細胞が急に先祖がえりをしてId1を発現した細胞に変化し、腫瘍の増殖を促進したことが考えられる。しかし、Id1が発現していない細胞を移植した群においては、Id1を発現した細胞集団は現れなかった。では、一体何が細胞の増殖を促進させたのであろうか。
Id1を発現していない細胞群ではOlig2という転写因子の発現が上昇していることが、先の解析により同定されているので、Olig2と細胞増殖との関係について解析を行った。その結果、Id1が発現していない細胞群においてOlig2の発現を抑制することで腫瘍の増殖が低下しマウスの生存率が向上することが示された。つまり、Olig2という転写因子によって発現が調節されている遺伝子によって腫瘍の増殖が亢進することが見出された。
今回紹介した論文では、Id1の発現の低い細胞集団の方が、Id1の発現が高く幹細胞様の性質を持つ集団よりも、腫瘍の増殖能が高くマウスの生存率が低下すること示しており、これまでの癌幹細胞仮説をひっくり返す内容であった(下図参照)。しかし、今回紹介した内容が、他の癌種の癌幹細胞においても成立するかは不明である。つい先日Cancer cellに報告された論文によれば、Colon cancer-initiating cell において、Id1はp21の発現を介して自己複製能の維持を行うこと、Id1の発現抑制により腫瘍の増殖が低下すること、が報告されている(Cancer cell, 2012, vol.21, p.777-p.792.)。Id1が自己複製能の維持に関与していることは共通であるが、腫瘍の増殖に与える影響は正反対である。今後、組織ごとにおける癌幹細胞の詳細な解析が期待される。
用語解説
- 癌幹細胞:
腫瘍組織中に存在し、正常の幹細胞と同じように自己複製能を有した細胞群。癌幹細胞の起源として、正常な組織性幹細胞に遺伝子変異が蓄積することで癌幹細胞化するモデルと、幹細胞から変異を継承した前駆細胞に、不死化させるような変異が生じることで癌幹細胞化するモデルが提唱されている。また、癌幹細胞は癌細胞の供給源として働き、腫瘍の進展に非常に重要である。現在、世界中で癌幹細胞の同定及びその機能解析が進められており、癌幹細胞様の集団において発現が上昇している膜分子が数多く報告されている。
(Nature medicine, 2011, vol.17, p.316. より抜粋)
- がん遺伝子・がん抑制遺伝子:
ある正常な遺伝子が、変異によって異常な活性化状態になることで、正常細胞を癌化させるような遺伝子の事をがん遺伝子という。一方で、細胞の癌化を抑制する機能を有したタンパクをコードする遺伝子のことをがん抑制遺伝子という。p14やp16は細胞増殖の制御に関連したタンパク(がん抑制遺伝子)であり、機能喪失によって細胞増殖が制御できなくなる。また、PDGFRやKRASの変異は(がん遺伝子)、様々な細胞内のシグナルを活性化し異常な細胞増殖の促進に働く。 - ID1:
ES細胞や神経幹細胞などで発現が上昇している転写因子であり、幹細胞の自己複製能を制御する。大腸がんにおいては、ヒト大腸がん株を用いたxenograftモデルにおいて、ID1はp21の発現を介して、colon cancer-initiating cellの自己複製能を維持することが報告されている( Cancer cell, 2012, vol.21, p.777-p.792.) - Olig2:
Olig2は転写因子の1つであり、中枢神経をはじめとした神経細胞において発現している。胎生期においてOlig2を発現した細胞は、ニューロン(神経細胞)・オリゴデンドログリア(髄鞘を構成する細胞)・アストログリア(中枢神経系に存在する神経細胞以外の細胞集団の1つ)の3つに分化する。

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