慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
English

Young Researchers' Trip report


ホーム > Young Researchers' Trip report > BMAP 2012

BMAP 2012

氏名

馬場 庸平
GCOE RA
生理学教室

詳細

参加日:2012年8月29日~2012年8月31日

活動レポート

2012年8月29日より慶應義塾大学三田キャンパスにて開催されたBMAP2012に参加させていただきました。三田キャンパスを訪れるのは初めての機会でしたが、ミンミンゼミの鳴く夏の青空の下、歴史の重みを感じさせる図書館旧館を横目に見ながら、会場である北館へ向かいました。

今回、私は滑脳症患者由来iPS細胞の樹立に関するポスター発表をさせていただきました。滑脳症とは、ヒトの先天性発生異常症の一つです。ヒトの脳は脳回を有し、これにより高次な脳機能を獲得したと考えられていますが、滑脳症の患者さんでは、脳回が上手く形成されません。脳回を有する動物はヒトや霊長類の一部、フェレットなど限られており、脳回がどのような機構で形成されるのか(あるいは形成されなくなるのか)を解明することは、この疾患の機構を解明し治療法の開発のみならず、ヒトが究極の高次機能である「心」というものをどのように獲得してきたのかを解明する上で非常に重要と考えられます。

滑脳症の原因遺伝子としてこれまでに同定されたものの多くが微小管と相互作用する、いわゆる微小管関連タンパク(MAPs)でありますが、近年になり微小管そのものであるTUBA1Aの変異が滑脳症を引き起こすことが明らかとなり、微小管は滑脳症発生や脳回形成機構の中心的存在であると考えられるようになっております。

我々は、神経細胞で豊富に発現している微小管タンパクのうち、TUBA1Aに変異を有する滑脳症の患者様より同意を得て、臍帯や血液といった比較的低侵襲に採取可能な組織をご提供いただきました。この細胞に遺伝子導入を行うことによりiPS細胞を樹立しました。さらにこれらから神経上皮細胞の段階を経て、放射状グリア細胞や幼弱な神経細胞を誘導することに成功しました。今後、これらの実験系を用いて滑脳症の治療法の開発やヒトの脳回形成の機構に迫る研究を進めていこうと考えております。

本研究に関して、BMAPでは関連した分野の若手研究者の発表もあり、非常に参考になりました。慶應大生理学教室のZhou氏らはポスター発表にてアルツハイマー病モデルに向けたtransgenic marmoset作成の現状についてご発表されましたが、個体の作成には大変な時間を要するため、Direct reprogrammingの手法を用いてmarmoset線維芽細胞より神経細胞を誘導し、細胞レベルでの解析も行える系を構築されているとのことでした。非常に新しい手法であり、効率や条件などの実際についての話を伺うことができました。現在、患者由来神経細胞の解析は我々のようなiPS細胞を使用した方法が多く用いられるが、direct reprogrammimgも実用的な選択肢にあがってきていることを痛感しいたしました。

また、普段私は幹細胞生物学を基軸として脳科学へアプローチしている訳でありますが、脳科学へのアプローチは多分野より行われており、BMAP2012においては非常に優れた脳科学の研究者から普段は接する機会の少ない領域の知見を分野横断的に得ることができました。

理研のTanaka博士らは、腹側視覚路の最終経路である下側頭皮質において、局在した領域で物体の様々な特徴に反応する細胞が存在しカラムを形成していることを発表されました。視覚という原始的な感覚ではあるが、光刺激という情報から脳がどのように物体を表現するのかという重要な答えにつながるご研究であるともに、幹細胞を用いた中枢神経再生においても、カラムのようなradial方向のstructureをいかに上手く再構成させるかが今後重要な視点になってくるように思われました。

東大のYamamoto博士らは、Visual perceptual leraning後の脳の変化を、MRI・functional MRI・DTIにより脳機能と白質・灰白質構造として定量し、若年者においては機能的な変化を、年長者おいては白質の変化が起こることで、脳が環境に適応している可能性を示された。ヒトを対象とするMRIについては体動に伴う誤差などの限界はあるとおもわれますが、新鮮な概念をもった研究として興味深く勉強させていただきました。MRIは臨床においても盛んに使われる機器であり、撮像シーケンスの組み合わせにより脳の適応力を定量できればリハビリテーションや精神科の診療においても威力を発揮すると思われました。

最後に慶應大の中島教授らのご発表は、我々の研究ともリンクする部分もあり興味深く勉強させていただきました。大脳皮質は、inside-out様式で発生する、すなわち早生まれの神経細胞は皮質深層を、遅生まれの神経細胞は皮質表層を構成する。この皮質形成が逆転するマウスが有名なリーラーマウスであるが、この原因遺伝子がReelinです。Reelinは、Cajal-Retizus細胞という辺縁帯を構成する神経細胞より分泌される糖タンパクですが、Reelinがどのようなメカニズムで皮質形成のQueを発するのかについては不明な点が多いながらも、下流のシグナルは精力的な研究でかなり明らかとなっています。このReelinのvivoにおける機能を明らかにするために彼らは、Reelinをマウスの発生過程の大脳皮質に外来性に発現させる実験を行ったところ、Reelinが高発現する領域に、遊走するニューロンの先導突起が集積し、Reelinが辺縁帯に類似した構造を形成するという結果が得られました。そしてこの構造では、局所的にinside out構造が形成されており、Reelinはそれ単独で神経細胞をinside outに配列する働きがある可能性が示唆されました。

我々はiPS細胞を用いて大脳皮質形成について解析しているわけですが、現在SFEB法という手法が開発され、三次元的な大脳皮質構造を作成することが可能となっています。しかしながら、inside out構造を形成させるには至っていません。細胞外マトリックスなどの基質の問題なのか、不明な点も多いですが、中島教授のなされているin vivoでの大脳皮質の発生機構で得られた知見を用いて何とかin vitroで大脳皮質を形成できないか考えさせられました。

最後に、このような自身の勉強と研究発表の機会を与えていただきました慶應大GCOEの皆様、岡野栄之教授に感謝いたします。今後も、得られた知識を生かして自身の研究から役立つ知見が得られるよう日々精力的に研究したいと思います。

Copyright © Keio University. All rights reserved.