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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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神経発達と加齢における5-hmCを介したエピジェネティクス

論文紹介著者

佐々木 文俊(博士課程 1年)

佐々木 文俊(博士課程 1年)
GCOE RA
生理学

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Keith E Szulwach/Nature neuroscience 14, 1607-1616, 12 December 2011

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Keith E Szulwach, Xuekun Li, Yujing Li, Chun-Xiao Song, Hao Wu, Qing Dai, Hasan Irier, Anup K Upadhyay, Marla Gearing, Allan I Levey, Aparna Vasanthakumar, Lucy A Godley, Qiang Chang, Xiaodong Cheng, Chuan He & Peng Jin 5-hmC-mediated epigenetic dynamics during postnatal neurodevelopment and aging, NATURE NEUROSCIENCE VOLUME 14 NUMBER 12 DECEMBER 2011

論文解説

背景

まず、エピジェネティクスについてですが、DNA塩基やクロマチンの修飾を通して遺伝子発現を調節する機構を研究する分野であり、主にDNAシトシン塩基のメチル化とヒストンの多彩な化学修飾(リン酸化、アセチル化、ユビキチン化、メチル化など)によるクロマチン構造の変化を研究の対象としています。DNAシトシン塩基のメチル化は組織特異的または発達段階特異的な制御を受け、遺伝子発現、X染色体の賦活化、反復配列の制御、ゲノムインプリンティングなどに関与しており、このような事から、エピジェネティックな修飾は、個体の発生や分化過程に重要な役割を果たしているだけでなく、遺伝要因(先天的)と環境要因(後天的)を結びつける機構なのではないかと注目を集めています。これまで、5-メチルシトシン(5-mC)※1は安定した修飾状態と考えられ、第5の塩基と言われてきましたが、最近では5-ハイドロキシメチルシトシン(5-hmC)※2や5-カルボキシルシトシンといった新たな修飾シトシンが発見されており、現在、最も研究が盛んな分野の一つといえるでしょう。

さて、哺乳類の成体脳において、エピゲノム※3はゲノムワイドなレベルで安定していますが、特定の領域では能動的なDNA修飾が行われ、脳の可塑性に重要であることが報告されています。今回注目したいのは5-hmCですが、これは他の組織に比べて脳に多く存在し、最近では脳のエピジェネティック変化において重要な役割を果たしていると考えられている修飾シトシンです。本論文の著者らは5-hmCを特異的に濃縮する方法(アジ化修飾グルコース付加後に、ビオチン修飾する)を近年開発しており、今回はその方法を用いてマウス海馬と小脳※4において神経発達と加齢に応じた5-hmCのマッピングを行っています

論文要約

本研究では、哺乳類脳のエピゲノムダイナミクスにおける5-hmCの影響を調べるために、マウス海馬と小脳における5-hmCの発現を出生後の神経発達と加齢に応じてマッピングを行っています。またヒト脳における5-hmCを調べるために健常者2名の小脳を用いて5-hmCを含むDNAを濃縮し、配列決定をしています。まず、X染色体では5-hmCがほとんど存在せず、出生後の神経発達と加齢に伴い5-hmCレベルが変化する領域と変化しない領域が同定されました。X染色体においての5-hmCの欠如は正直のところ予想外ですが、特に男性においては、全ての細胞でX染色体は活性化している必要があり、5-hmCが低レベルであることがX染色体維持に関連しているという可能性が示唆されました。

さらに、5-hmCは発達に応じて活性化する遺伝子内部に多く、SINEやLTR※5といった反復配列に多く存在し、ヒト小脳においても類似の結果でした(ヒト小脳ではLTRへのenrichmentは認められませんでしたが)。ヒト脳においてLINE 1の体細胞変異が同定されており、神経新生や神経機能との関与が報告されています。また、エピジェネティックな制御メカニズムがトランスポゾンの可動性に関与しているという報告もあります。本研究においては、トランスポゾンの中でも特にSINEやLTRに多く5-hmCが存在しましたたが、5-hmCを介したエピジェネティック制御とトランスポゾンの可動性との関連については、今後、更なる研究が必要だと考えられます。

DNAメチル化は様々な神経疾患に関連しており、その代表疾患であるRett症候群※6はMeCP2遺伝子※7のde novo変異によって生じることがわかっています。そこで著者達はRett症候群モデルマウス(MeCP2ノックアウトマウス)を用いて小脳における5-hmCレベルを調べました。すると5-hmCレベルはMeCP2の発現量と逆相関しており、MeCP2のメチル化CpG結合ドメインがTet1を介した5-mCのハイドロキシル化を直接阻害する事が示唆されました。このことと一致して、遺伝子内部やトランスポゾンにおける5-hmCはMeCP2ノックアウトマウスにおいて増加していました。しかし、年齢依存的に変化のあるDhMRs(differential 5-hydroxymethylated regions)では、ノックアウトマウスにおいて39%減少していましたが、変化の無いDhMRsでは5-hmCのシグナルはほぼ同一でした。この事から、5-hmCのダイナミックな変化が生じる領域は神経発達において重要な領域であり、MeCP2は成熟期のDNAメチル化のダイナミクスに影響を与える可能性が示唆されました。

これらの事から、5-hmCは出生後の神経発達や加齢において重要であると共に、ヒトの神経疾患においても重要であるということが考えられます。

用語解説

  • ※1 5-メチルシトシン(5-mC)
    ゲノム中のCpG(cytosine-phosphate-guanine)部位におけるシトシン残基の5位の炭素がメチル化されている。
  • ※2 5-ハイドロキシメチルシトシン(5-hmC)
    5-mCがハイドロキシル化されたシトシンで、最近ではTETタンパク質による5-mCのハイドロキシル化が塩基除去修復過程(BER pathway)において脱メチル化を促進する事がわかってきた(成体脳)。
  • ※3 エピゲノム
    シトシンのメチル化やクロマチン構造変化の総体。
  • ※4 小脳の役割
    主な働きは運動の制御てあると考えられてきたが、最近の研究より、短期記憶や注意力、情動の制御、感情、認識力、計画を立案する能力の他、統合失調症や自閉症といった精神疾患と関係している可能性が示されている。
  • ※5 LTR、SINE、LINE
    この三種類ともレトロトランスポゾンであり、自身のDNAから転写されたRNA配列を逆転写反応でDNAにコピーし、これをゲノムの別の場所に挿入する転移因子である。
  • ※6 Rett症候群
    X連鎖優性遺伝という遺伝形式をとり、自閉症、てんかん、失調性歩行、繰り返される手の常同運動などを特徴とする。メチル化DNA結合蛋白質であるMeCP2の変異に起因する。
  • ※7 MeCP2
    前述のようにメチル化DNA結合蛋白質であり、Rett症候群の原因遺伝子として知られている。最近では、神経発達における機能に加えて、アダルトにおける神経機能にも重要である事が報告されている。

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