慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
English

世界の幹細胞(関連)論文紹介


ホーム > 世界の幹細胞(関連)論文紹介 > 骨格筋の老化は防げる?

骨格筋の老化は防げる?

論文紹介著者

林地 のぞみ(博士課程 1年)

林地 のぞみ(博士課程 1年)
GCOE RA
循環器内科

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Mitra Lavasani/Nature communications | Published 3 Jan 2012

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Mitra Lavasani , Andria R. Robinson , Aiping Lu , Minjung Song , Joseph M. Feduska , Bahar Ahani ,Jeremy S. Tilstra , Chelsea H. Feldman , Paul D. Robbins , Laura J. Niedernhofer & Johnny Huard. Nature communication.2012

論文解説

Introduction
幹細胞とは、複数系統の細胞に分化できる多分化能性と分裂を繰り返しても未分化能性を維持できる自己複製能の両方を持ち合わせた細胞の事です。成体内の各組織や臓器にも骨髄幹細胞や神経幹細胞といった成体内に幹細胞が多数存在しています。成体幹細胞は受精卵から樹立されたES細胞とは異なり分化できる細胞が限定されており、生体内では組織や器官の維持や再生時に細胞を提供する役割を果たしています。
加齢による組織・器官の再生能や維持能力の低下の原因は諸説存在しますが、その一つとして幹細胞の能力が低下する事が挙げられております。本論文は老化マウスと遺伝子の変異により老化が促進される早老モデルマウス※1を用いて、骨格筋の幹細胞の加齢による機能低下とその作用メカニズムを解析およびレスキュー実験を行っています。

加齢や早老は骨格筋幹細胞の能力を低下させる
骨格筋の幹細胞(論文中ではmuscle-deriverd stem/progenitor cells:MDSPCsと表記)は、筋細胞同士が融合した多角性の細長い細胞である筋繊維の辺縁部に存在しています。通常は細胞周期を停止させていますが、骨格筋の損傷や肥大時など必要に応じて活発に増殖し筋細胞へと分化する再生に非常に重要な細胞です。このMDSPCsをマウスの骨格筋から単離し得られた細胞群をフローサイトメトリーで解析したところ、加齢や早老症に関わらず全てのマウスで幹細胞特異的に発現している遺伝子(Sca-1, CD34)のmRNAは発現しているが発現している細胞の割合は優位に減少していたことが確認されました。さらに、老化マウスや早老症マウスのMDSPCsは、コントロールマウス(若いマウス)と比較すると筋系細胞に分化し難く、細胞分裂にも時間がかかる事がわかりました。

また、MDSPCsは培養条件を変えることで筋細胞以外にも脂肪や骨等に分化させることが知られており筋系細胞以外の分化能を調べたところ若いマウスのMDSPCsは脂肪、骨、軟骨に分化するが、老化マウスや早老症のマウスのMDSPCsは脂肪には分化するが骨や軟骨に分化し難いことが示されました。以上の事から、老化マウスや早老症モデルマウスのMDSPCsは、加齢に関わらず幹細胞として存在しているが、その存在する割合は少なく増殖能や分化能も有意に低下する事が示された。

加齢や早老症のMDSPCsの再生能の変化
次に筆者ら研究グループはMDSPCsの再生能を調べるために、MDSPCsを筋の損傷した免疫不全マウスの骨格筋に移植する実験を行いました。移植されたMDSPCsは生体内で定着し筋繊維を新たに形成することができます。本実験ではmdx/SCIDというマウスに、若いマウスと早老症マウスと老化マウスのMDSPCsをそれぞれ移植しました。mdx/SCIDマウスは、dystrophinという筋繊維の細胞膜に発現している蛋白が欠損かつ免疫不全マウス※2です。移植されたMDSPCsはdystrophinを発現するので、dystrophinを免染することでMDSPCs由来であるかどうかを識別できます。写真のように若いマウスと比べて老化マウスや早老マウスのMDSPCsは、小さい筋線維しか形成されず、azan染色により膠原線維が占める割合が有意に上昇していることがわかりました。以上の事から老化マウスや早老マウスのMDSPCsでは筋再生能が低下していることが示されました。

MDSPCsの投与は早老モデルマウスの老化に伴う症状を緩和し寿命を延長する
次にこの研究グループは、老化や早老によるMDSPCsの機能不全を若いマウスのMDSPCsを移植することで補えるではないかと考え早老モデルマウスの腹腔にMDSPCsを投与し加齢により現われる症状と寿命が改善されるかどうかを検討しました。結果、通常4週程で死亡する早老モデルマウスの寿命を10週まで寿命を延長することができ、筋肉量の減少等の加齢に伴う骨格筋の症状を緩和する事を発見しました。

因子AがMDSPCsの機能低下を補い、血管新生を行うことで早老症の症状を緩和する
早老マウスに若いマウスのMDSPCsを腹腔に投与しても細胞自身が骨格筋に分化していない事から、筆者らはMDSPCsから分泌される因子がMPSPCsの機能不全を解消したのではないかと考え共培養実験をおこない老化マウスと早老マウス共に増殖能と分化能が回復した事を示しました。さらにこの因子は成体の骨格筋において血管新生を有意に促進し、骨格筋の機能維持及び再生能を向上していた事を最後に示しました。

まとめ

MDSPCsにおいて、加齢に伴い幹細胞の機能が低下する事を明確し若いマウスのMDSPCsから分泌される因子が、血管新生を促進することで老化により現れる骨格筋関連症状が緩和されることを発見しました。この発見は、若いマウスのMDSPCsから分泌される因子が同定されれば、将来加齢による幹骨格筋幹細胞の機能低下を防止する治療法の開発に結びつく可能性があります。

用語解説

  • ※1 早老モデルマウス
    早老とは、体細胞分裂時の染色体の不安定性が認められ、加齢促進をもたらす疾病のこと。ほとんどの早老症でDNAやRNA代謝に関する酵素の遺伝子の変異が見られる。代表的な疾病にウェルナー症候群、ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群、コケイン症候群がある。本論文中に出てくる早老モデルマウスは、XFP:xeroderma pigmentosum complementation group Fというヌクレオチドの除去機構に関与している遺伝子の欠損マウスとXFPの結合パートナーであるERCC1変異マウスである。
  • ※2 免疫不全マウス
    免疫細胞が少ないため重度の免疫機能不全を呈している。免疫拒絶反応が抑えられるため移植実験によく用いられる。

Copyright © Keio University. All rights reserved.