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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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抗リウマチ薬DHODH阻害剤はメラノーマの進展を抑える

論文紹介著者

宮崎 潤一郎(博士課程 3年)

宮崎 潤一郎(博士課程 3年)
GCOE RA
先端医科学研究所 細胞情報研究部門

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Richard Mark White/Nature 2011 Mar 24;471(7339):518-22.

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

White RM, Cech J, Ratanasirintrawoot S, Lin CY, Rahl PB, Burke CJ, Langdon E, Tomlinson ML, Mosher J, Kaufman C, Chen F, Long HK, Kramer M, Datta S, Neuberg D, Granter S, Young RA, Morrison S, Wheeler GN, and Zon LI. DHODH modulates transcriptional elongation in the neural crest and melanoma. Nature. 471(7339):518-22. 2011

論文解説

はじめに

悪性黒色腫(melanoma;メラノーマ)は、メラニン細胞の形質転換により引き起こされることが既に知られていて、また、胚発生の段階で、メラノサイトの由来は神経提(neural crest)(※1)であることも知られています。メラノーマの遺伝子学的特徴として、多くの症例で、BRAF(セリン・スレオニンキナーゼ)と呼ばれる癌遺伝子にV600E変異(600番目アミノ酸であるバリン:Vがグルタミン酸:Eに変換している)が認められている点が挙げられます。BRAFのV600E変異(以下、BRAF(V600E))は、メラノーマの悪性度や浸潤・転移能を促進することから、BRAF(V600E)を分子標的とする治療法が、今、注目を集めています。実際に、BRAF(V600E)を有する転移性メラノーマ患者に対する、変異BRAFの経口阻害剤薬の臨床試験が行われましたが、大部分の患者で腫瘍の完全あるいは部分的退縮が認められました。

研究内容

2005年、E. Elizabeth Pattonらのグループは、ゼブラフィッシュ(zebrafish)を用いて、BRAFが遺伝学的にp53経路と相互作用してメラノーマを引き起こしていることとを明らかにしました。

今回、紹介する論文でも実験材料としてゼブラフィッシュが使用されています。先ず、メラノサイト特異的にBRAF(V600E)を発現し(mitfa:BRAF(V600E))、かつp53に変異の入った(p53-/-)zebrafishを作成します。このzebrafishを解析すると、(1)背部表皮にメラノーマが発生したこと、さらに、(2)zbrafish胚から、多能性を示すマーカーにより神経堤細胞、神経堤前駆細胞を濃縮できたことから、胚発生段階における、神経堤でのBRAFの役割と、メラノーマ発生は共通のパスウェイが存在するのではないかと示唆されました(図1)。

図1

彼等は、上記の現象をもとに、zebrafishの神経堤系統を抑制する低分子化合物のスクリーニングを行うことで、メラノーマ発症の病因を標的とした低分子化合物が得られるのではとの着想に至ります。2000個もの化合物を、zebrafish胚発生段階で作用させ、神経堤の発生を抑制するような化合物をスクリーニングした結果、NSC210627という化合物が引っかかってきました。この化合物はDHODH(Dihydroorotate dehydrogenase; ジヒドロオロト酸脱水素酵素)の活性を阻害する働きがあり、この作用を示す既存製剤として、抗リウマチ薬であるLeflunomid(レフルノミド)が知られています(※2)。レフルノミドは、ゼブラフィッシュの神経堤発生をほぼ完全に抑制し、哺乳動物の神経堤幹細胞の自己複製も抑制できること、さらにメラノーマの腫瘍形成能を抑制することが明らかになりました。興味深いことに、レフルノミドは、神経堤発生とメラノーマ進展に必要な遺伝子の転写伸長を抑制することで、これらの効果を可能にしていることもわかりました。
最後に、彼等は、メラノーマの異種移植モデルにおいてBRAF(V600E)の阻害剤PLX4720とレフルノミドを併用することで、より強力な腫瘍形成抑制を誘導できることを示しています(図2)。

図2

今回の発見について

メラノーマの腫瘍形成と神経堤細胞の発生経路は共通である可能性があるとの示唆から、メラノーマの腫瘍形成を抑制する化合物を探索するのではなく、ゼブラフィッシュの神経堤発生を抑制する化合物探索を行った点が斬新であると思います。ゼブラフィッシュを実験系として用いることで、胚発生から成体までの経過観察を短時間で、しかも容易に行うことが出来るからです。今後、哺乳類の胚発生をスクリーニングの系として利用し、癌幹細胞の同定や、癌幹細胞を標的とした化合物のスクリーニングが可能になるかもしれません。そして、今回紹介した論文のインパクトは、抗リウマチ薬がメラノーマの抗がん剤として使用できるかもしれないということ。既存製剤が、様々な疾病に利用される可能性があることを教えてくれています。

解説

  • ※1 メラノサイト
    メラニン色素を作る色素細胞のこと。皮膚に紫外線があたると、メラノサイトが活性化し、メラニンを産生する。メラニンは、紫外線が体内に入ってくることを防いでいると考えられている。
  • ※2 神経堤
    自律神経系神経細胞、神経膠細胞、メラニン細胞、骨細胞や軟骨細胞、平滑筋などに分化できる細胞。脊椎動物の胚で、神経管が形成される時期に神経管と表皮の間に位置する組織の名称。
  • ※3 レフルノミド
    ピリミジン代謝を抑える薬剤。抗リウマチ薬の主な作用機序は、核酸の構成成分であるピリミジンヌクレオチドの合成系の重要な酵素であるDHODH活性を阻害することである。これにより、リウマチの原因と考えられている活性リンパ球の増殖を抑えることが出来る。

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