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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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線維芽細胞より作製したドパミン作動性ニューロンは生体内において機能的であるのか?

論文紹介著者

周 智(博士課程 1年)

周 智(博士課程 1年)
GCOE RA
生理学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Jongpil Kim/Cell Stem Cell, Volume 9, Issue 5, Pages 413-419, 4 November 2011

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Jongpil Kim, Susan C. Su, Haoyi Wang, Albert W. Cheng, John P. Cassady, Michael A. Lodato, Christopher J. Lengner, Chee-Yeun Chung, Meelad M. Dawlaty, Li-Huei Tsai, and Rudolf Jaenisch
Functional Integration of Dopaminergic Neurons Directly Converted from Mouse Fibroblasts
Cell Stem Cell, Volume 9, Issue 5, Pages 413-419, 4 November 2011

論文解説

要約

近年、特定の転写因子(※1)を体細胞に導入することにより、元の細胞とは異なる系統の細胞へ分化転換させる研究が多くなされています。しかし、これら分化転換により作製された細胞が、どの程度機能的であるかについては不明な点が多く、例えば、線維芽細胞(※2)より作製されたドパミン作動性(DA)ニューロンを移植することにより、果たしてパーキンソン病(※3)の症状を改善できるのかについては明らかとなっていません。今回紹介する論文では、マウス線維芽細胞に特定の転写因子を導入することにより、中脳DAニューロンに非常によく似た性質を有する細胞に分化転換させることに成功しました。さらに、これらの細胞をパーキンソン病モデルマウスに移植したところ、症状が改善されたと報告しています。

研究背景

山中先生らが体細胞からiPS細胞の作製に成功して以降、iPS細胞から様々な組織の細胞へ分化させる方法が開発されてきました。そして近年、線維芽細胞などの体細胞を、iPS細胞の状態を介さず、直接他の系統の細胞へ分化転換させる研究が盛んになされるようになっています。

今年に入り、線維芽細胞を直接ドパミン作動性(DA)ニューロンへと分化転換することに成功したという報告がなされました(induced dopaminergic neuron; iDA neuron)。しかし、作製されたiDAニューロンは、初代培養中脳DAニューロンと比較して遺伝子発現パターンが大きく異なっており、また、作製された細胞を実際に移植して、機能的な細胞であるかどうかについても調べられていませんでした。そこで著者らは、1)これまでの報告とは異なる転写因子の組み合わせを用いることにより、初代培養細胞により近いiDAニューロンを作製できないか、2)作製した細胞は生体内においても機能的であり、治療効果を発揮できるのか、という2点について調べました。

研究結果

この論文において著者らは、誘導したiDAニューロンを簡便に見分けるために、Pitx3-eGFPノックインマウス由来の線維芽細胞を用いています。これにより、線維芽細胞からDAニューロンに分化転換すると、eGFPという蛍光タンパク質が発現するようになります。

まず著者らは、ドキシサイクリン(dox)という薬物により遺伝子発現が誘導されるシステムを用い、DAニューロンの発生・成熟に関与する11種の転写因子を線維芽細胞に導入しました。導入後、dox存在下で培養したところ、神経細胞のような形態に変化し、DAニューロンのマーカーであるTHを発現するようになりました。次に、筆者らはこれら11種の転写因子のうち、Ascl1Pitx3がiDAニューロンの誘導に必須であること、また、これら2種の転写因子のみでもiDAニューロン(2F-iDA)が誘導可能であることを見出しました。しかし、この2F-iDAは、DAニューロンのマーカー遺伝子発現量が中脳DAニューロンより低く、DAニューロンとして機能していない、未熟なDAニューロンであることが判明しました。

そこで著者らは、培養条件の改良と、導入する転写因子の追加を試みました。具体的には、誘導の際にDAニューロンへの分化に関与するShhおよびFGF8というタンパク質を加え、また、転写因子の組み合わせをAscl1, Pitx3, Lmx1a, Nurr1, Foxa2, EN1とすることにより、最も効率よくeGFPの発現を誘導できること、すなわち、iDAニューロンを誘導できることを見出しました(6F-iDA)。これらiDAニューロンの遺伝子発現パターンについて調べたところ、6F-iDAニューロンは2F-iDAニューロンよりも、中脳DAニューロンに似ていることがわかりました。

ここまでで、6F-iDAニューロンが遺伝子発現レベルで中脳DAニューロンに似ていることはわかりましたが、はたしてこの細胞は機能的なのでしょうか?

次に著者らは、6F-iDAニューロンがDAおよびその代謝物を含有し、刺激に反応してDAを細胞外に遊離すること、すなわち6F-iDAはDAを産生および遊離する能力を有することを見出しました。また、電気生理学的測定により、6F-iDAニューロンは中脳DAニューロンと同様の特徴を示すこともわかりました。これらの結果から、著者らの作製したiDAニューロンは、機能的に中脳DAニューロンと非常によく似ていることが示唆されました。

最後に著者らは、6-OHDAというDAニューロンを選択的に障害する薬物を用いて作製したパーキンソン病モデルマウスに、作製したiDAニューロンを移植し、マウスの行動障害が改善されるかどうか調べました。その結果、移植した細胞はマウス脳内において生存し、既存の神経回路に組み込まれること、およびDAを産生することが明らかとなり、また行動障害も改善できることが示されました。これらの結果から、作製したiDAニューロンは生体内においても機能的であることが示唆されました。

まとめ

著者らは、従来とは異なる転写因子の組み合わせを用いることで、より成熟した機能的なiDAニューロンの誘導に成功し、作製したiDAニューロンはパーキンソン病モデルマウスの脳内において機能的であり、行動障害を改善可能であることを示しました。これらの結果により、パーキンソン病における細胞補充療法へのiDAニューロンの応用に関する研究や、iDAニューロンを用いた疾患の研究が今後加速することが期待されます。

用語解説

  • ※1 転写因子
    DNAに結合し、遺伝子の発現を調節するタンパク質
  • ※2 線維芽細胞
    皮膚などの結合組織に多く存在し、その機能を保つ働きをもつ細胞。
    iPS細胞の誘導や、様々な直接誘導の研究において頻繁に用いられる。
  • ※3 パーキンソン病
    神経変性疾患の一種。中脳黒質におけるドパミン作動性ニューロンの脱落および線条体におけるドパミン含有量の減少を特徴とする。

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