慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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自家移植におけるiPS細胞の免疫応答について

論文紹介著者

奥野 博庸(博士課程 3年)

奥野 博庸(博士課程 3年)
GCOE RA
小児科学教室 / 生理学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Tongbio Zhao/Nature. 2011 May 13[Epub ahead of print]

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Tongbiao Zhao,Zhen-Ning Zhang, Zhili Rong & Yang Xu. Immunogenicity of induced pluripotent stem cells. Nature. 2011 May 13[Epub ahead of print]

論文解説

今回、私はiPS細胞(induced pluripotent stem cells)が生体内でどのような免疫反応を起こすかということに関する論文を取り挙げます。

iPS細胞は、2006年に京都大学の山中教授らが世界で初めて作り出した細胞で、身体の細胞に4つの転写因子(Klf-4, Oct3/4, Sox2, c-Myc)を遺伝子導入することで作成されます。これは自己複製能、多分化能を持ち、胚性幹細胞(ES細胞)*1に匹敵する性質を有します。再生医療のtoolとして、以前より研究されているES細胞は、(1)受精卵を壊すという倫理的問題、(2)細胞移植において非自己であるために生じる免疫拒絶反応の問題、が課題として挙げられていました。
それに対してiPS細胞は、病気のヒトの身体の一部の細胞(皮膚や血液など)を用いて病気の原因となっている細胞を作ることができます。そのため、iPS細胞を作成して、病気の臓器の細胞にする過程で治療を加えて正常化できれば、その細胞を移植して治療できるのではないかと期待されています。この方法では、ES細胞で問題となっていた上記(1) (2)が解消されると考えられています。
 今回の論文では、いままで考えられていた自己の細胞由来のiPS細胞を別の細胞に分化させずにそのまま移植し、生じた奇形腫*2に免疫反応が起こる場合と起こらない場合があり、それがいくつかの遺伝子発現に影響を受けていることを報告しています。こういった免疫拒絶反応がどのような機序で生じているかが判明することで、実際にiPS細胞を再生医療に用いる際に生体内でがん化する細胞に対して免疫反応を誘導して除去したり、治療に必要な細胞に対しては免疫反応が起こりにくくすることが可能になるのではないかと感じました。

この論文の内容について次に詳細を示していきます。
まずB6マウス(近親交配により遺伝子情報が同じ系列のマウス)由来ES細胞がB6マウス内で免疫拒絶を認めずに奇形腫を形成するのに対し、別系統マウス由来ES細胞はB6マウスにおいてCD4陽性 T細胞の大量浸潤を伴う急速な拒絶反応を呈していました。
次に、B6マウス由来iPS細胞を胎児の線維芽細胞(MEFs)を元として、レトロウイルスを用いた方法(B6-ViPSCs)で作成しました。このB6-ViPSCsをB6マウスに移植するとT細胞による免疫拒絶を受けるものを多く認めました。この免疫拒絶には導入遺伝子Oct3/4の再活性化*3が関係していることも考えられるため、ゲノム組込みを生じないプラスミドを用いた方法で作成したiPS細胞(B6-EiPSCs)をB6マウスに移植したところ、やはりT細胞による免疫拒絶を受けるものを認めました。つまり導入遺伝子Oct3/4の再活性化とは別の機序で免疫拒絶が起こっていると推測されます。
B6-ESCsによって形成された免疫拒絶を受けない奇形腫と、B6-EiPSCsによって形成された免疫拒絶を受けた奇形腫において、発現している遺伝子を網羅的に解析しました。これにより、B6-EiPSCs由来の免疫拒絶を受ける奇形腫で過剰発現する遺伝子が9つ判りました(Lce1f, Spt1, Cyp3a11, Zg16,Lce3a, Chi3L4, Olr1, Retn, Hormad1)。これらの遺伝子をB6マウスにおいて免疫反応を誘導しないB6-ESCsに1つずつ過剰発現させて、B6マウスに移植したところZg16、Hormad1、Cyp3a11を過剰発現させたESCsで免疫拒絶を認めました。
次に生じている免疫反応がどのようなものであるかを調べるため、CD4陽性ヘルパーT細胞*4を持たないマウスおよびCD8+ 細胞傷害性 T 細胞*5を持たないB6 マウスにEiPSCsを移植したところ、どちらでも免疫拒絶は起こりませんでした。つまり、CD4陽性ヘルパーT細胞およびCD8陽性細胞傷害性 T 細胞の両方が奇形腫に対する免疫拒絶に重要であることがわかりました。
またHormad1およびZg16を認識するように作られたヘルパーT細胞はインターフェロンγを産生していることが分かりました。これよりHormad1およびZg16の異常な発現が免疫反応を誘導していることが示されました。
これら免疫反応を誘導するタンパク質の異常発現がiPS細胞、あるいはiPS細胞に由来する細胞に対するT 細胞性免疫応答を誘発する共通の機構を示している可能性があります。
この論文より分かったこととして、患者特異的iPS細胞を移植治療に用いる際には、拒絶反応を呈する細胞群なのか、または呈しない細胞群なのかを、移植前に想定できる可能性が出てきたのだと思います。このような免疫拒絶反応の機序を応用すれば生体内で不要なものに対しては免疫反応を誘導して除去したり、治療に必要な目的の細胞に対しては免疫反応を起こりにくくすることなども可能になるのではないかと感じました。

解説

  • *1 ES細胞
    受精した卵の一部より作られる細胞株で、あらゆる組織を作ることができ、また無限に増殖させることができる細胞のこと。
  • *2 奇形腫
    iPS細胞やES細胞は、自己複製能、多分化能をもっており、免疫応答をしない状態で生体内に入れると奇形腫といわれる身体のあらゆる成分を含む腫瘍を形成する。
  • *3 Oct3/4の再活性化
    iPS細胞を樹立時に導入した遺伝子(Klf-4,Oct3/4,Sox2,c-Myc)はiPS細胞樹立とともに発現低下し内因性の転写因子が発現することが、ES細胞様の万能性と多分化能をもった細胞になるために必要である。Oct3/4は未分化な状態である一時期に限って発現するが、導入された遺伝子がその後何らかのきっかけで再度発現し続けることがあり、再活性化と呼んでいる。2010年にOct3/4遺伝子発現を認める細胞がT細胞による免疫を誘導しているという報告がなされており、今回Oct3/4 遺伝子が発現し続けないようなEiPSを用いて検討した。
  • *4 ヘルパーT細胞
    CD4陽性T細胞から分化し、IFN-γ(これを産生するものをTh1細胞と呼ぶ)、IL-4やIL-5(これを産生するものをTh2細胞と呼ぶ)またはIL-17を産生し他の細胞の活性化、機能の行使等を助ける。CD4を発現したT細胞は他のT細胞の機能発現を誘導したり、B細胞の分化成熟や抗体産生を誘導したりする。
  • *5 細胞障害性T細胞
    CD8分子を発現しているT細胞から分化し、へルパーT細胞1(Th1細胞)が産生するIL-2およびIFN-γにより、機能が補助される。

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