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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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ヒト疾患iPS細胞のウィルソン病への応用

論文紹介著者

沼澤 佑子(博士課程 3年)

沼澤 佑子(博士課程 3年)
GCOE RA
小児科学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Zhang S/Hum Mol Genet. 2011 May 18

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Zhang S, Chen S, Li W, Guo X, Zhao P, Xu J, Chen Y, Pan Q, Liu X, Zychlinski D, Lu H, Tortorella MD, Schambach A, Wang Y, Pei D, Esteban MA.  Rescue of ATP7B function in hepatocyte-like cells from Wilson's disease induced pluripotent stem cells using gene therapy or the chaperone drugcurcumin.
Hum Mol Genet. 2011 May 1

論文解説

今回はウィルソン病患者のiPS細胞を用いた研究に関する話題を取り上げます。
iPS細胞(Induced pluripotent stem cells)とは、すでに運命の決まった体細胞へ数種類の遺伝子を導入することにより、全ての細胞に分化しうる多能性幹細胞へリプログラミングさせた細胞のこと。理論上、体を構成する全ての組織や臓器になることができるためさまざまな研究に応用できる可能性を秘めています。今回は、ウィルソン病患者の皮膚から作成したiPS細胞を介して分化誘導させた肝細胞様細胞の解析に関する論文を紹介します。

ウィルソン病とは

ウィルソン病とは、13番染色体に存在するATP7B蛋白をコードする遺伝子の異常により発症する肝臓の病気です。ATP7B蛋白は食事から取り込んだ銅を肝臓内で代謝する役目をもちます。銅はATP7B蛋白の働きにより肝細胞の細胞質からゴルジ体へ輸送され、セルロプラスミン結合銅となり、血液中・胆汁中に排泄されます。しかしATP7B蛋白に異常がある場合、銅は細胞質に蓄積するため肝障害を生じ、一部はセルロプラスミン非結合銅として血液中に漏れ出た後、脳や腎臓に蓄積し神経障害や腎障害の症状を引き起こすようになります。

患者由来の肝細胞様細胞の表現型

肝細胞様細胞は、蛋白質合成(アルブミン分泌機能)や、炭水化物代謝(グリコーゲン貯留)、アンモニア解毒作用(尿素産生)、薬物代謝(チトクローム活性)など肝細胞の機能特性を有する細胞です。研究者らは、まず患者のiPS細胞からこの細胞を分化誘導し、肝細胞の機能を部分的に有する細胞であることを示しました。次に、正常のATP7B蛋白は核周囲に存在し、免疫染色法*1ではゴルジ体の染色部位と共局在を示しますが、患者由来の細胞ではゴルジ体と共局在するATP7B蛋白が減少していることを示しました。そこで、クルクミン*2という薬物を投与するとATP7B蛋白の局在が一部改善したことを示しました。
また、患者由来の肝細胞様細胞では正常な細胞と比べて銅排泄機能が障害されていることを示しました。さらに、この細胞に正常なATP7B遺伝子を導入したり、薬物添加(クルクミン)を行ったところ、銅排出機能の改善を認めたことを示しました。

新しい点と今後の課題

この論文の新しい点は、遺伝性の肝疾患患者のiPS細胞から誘導した肝細胞様細胞の表現型異常を遺伝子導入や薬物を用いて改善させる結果を得たことです。しかし、この肝細胞様細胞は本来有するべきである肝細胞機能については完全には模倣できていないことが大きな問題点としてあげられます。そのため今後より適切な肝細胞様細胞への分化誘導法の確立が必要となります。in vitro実験*3の難しい点は、生体内で起こっている現象を完全に模倣することが難しい点です。細胞分化に関与する因子や、生体内で生じている周囲の環境との相互作用について、いまだ未知の部分は少なからず存在しています。in vitro実験から実際の治療へつながる成果を生み出すには一般的に長い時間を要します。この著者らのような世界中の研究者の日々の積み重ねが、治療への新しい道を開く第一歩なのです。

解説

  • *1 免疫染色
    抗体の特異性を利用して組織を"染め"わけ、抗原の存在および局在を顕微鏡下で観察する方法。特定蛋白質の発現確認などに使われている。
  • *2 クルクミン
    カレーのスパイスであるウコン(ターメリック)の黄色色素。生理作用として抗腫瘍作用や抗酸化作用、抗アミロイド作用、抗炎症作用などが知られている。
  • *3 in vitro実験
    分子生物学の実験などにおいて、試験管内などの人工的に構成された条件下、すなわち、各種の実験条件が人為的にコントロールされた環境であることを意味する。

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