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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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新遺伝子「Glis1」により、安全なiPS細胞を高効率に作製可能

論文紹介著者

今泉 陽一(博士課程 4年)

今泉 陽一(博士課程 4年)
GCOE RA
生理学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Momoko Maekawa/Nature. 474(7350):225-9, 8 Jun, 2011

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Maekawa M, Yamaguchi K, Nakamura T, Shibukawa R, Kodanaka I, Ichisaka T, Kawamura Y, Mochizuki H, Goshima N and Yamanaka S., Direct reprogramming of somatic cells is promoted by maternal transcription factor Glis1. Nature, 474(7350):225-9, 2011

論文解説

研究背景

山中伸弥教授らのグループにより、皮膚細胞(線維芽細胞)にウイルスを用いて4つの転写因子※1 (Oct4, Sox2, Klf4, c-Myc)あるいは3つの転写因子※1 (Oct4, Sox2, Klf4)を導入することで、全ての細胞に分化し得るiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製に成功しています。しかし、導入したc-Mycはがん遺伝子であることが知られておりその影響として腫瘍形成のリスクが考えられています。一方でc-MycなしではiPS細胞の樹立効率が極端に低いことが示されています。そこで、将来的な臨床応用に向けて安全でより効率よいiPS細胞の作成方法の確立が望まれていました。

研究結果

筆者らは、1,437個の転写因子※1を用いてiPS細胞誘導に関与する新規因子の探索を行い、新規に18因子をKlf4の代替因子として同定しました。残念ながら、これらの因子は、Klf4の代替因子としての誘導効率は低かったものの、その中の1つであったGlis1を、4因子(Oct4, Sox2, Klf4, c-Myc)あるいは3因子(Oct4, Sox2, Klf4)とともにマウスの線維芽細胞に導入したところ、ES細胞※2に類似した形態をもつiPS細胞を非常に効率よく誘導することができました。特に、Glis1と3因子(Oct4, Sox2, Klf4)で誘導したiPS細胞は、三胚葉※3への分化能を示し、iPS細胞由来キメラマウス※4は生殖系譜に寄与※5できたことから、ES細胞と同等の多能性をもつことが示されました。さらに、Glis1と3因子(Oct4, Sox2, Klf4)で作製したキメラマウス※4において長期観察を行ったところ、c-Mycを用いて作製されたキメラマウス※4のような顕著な腫瘍形成や短命化は確認されませんでした。一方で、Glis1を用いたiPS細胞の高効率な誘導は、ヒト線維芽細胞を用いても確認することができました。

次に筆者らは、Glis1がどのようにiPS細胞の誘導を促進しているかを調べました。マウス胎仔線維芽細胞に3因子(Oct4, Sox2, Klf4)を導入し、iPS細胞化早期の遺伝子及びタンパク質解析を行いました。その結果、Glis1がiPS細胞化に関わる複数の遺伝子の発現を促進させること、他の3因子とタンパク質レベルで相互作用することを明らかにしました。また、Glis1は未受精卵や受精卵初期で高く発現しているものの、マウスES細胞の段階では発現レベルが低いことが示されました。そこでマウスES細胞にGlis1を強制発現したところ、ES細胞※2の増殖が抑制されることが明らかとなりました。よって、Glis1の発現が継続することにより、iPS細胞化が不完全な細胞では細胞の増殖が抑制し、完全にiPS細胞化した安全性の高い細胞のみ増殖させることが示唆されました。

まとめ

筆者らは、新規転写因子※1 Glis1をc-Mycの代わりに用いることで、より安全性の高いiPS細胞を高効率で作製する方法を確立しました。これらの結果は、今後のiPS細胞の臨床応用に役立つ非常に重要な知見であると考えられます。

用語解説

  • ※1 転写因子
    遺伝子の発現を制御する細胞内のタンパク質
  • ※2 ES細胞 (胚性幹細胞)
    受精した卵の一部より作られる細胞株で、あらゆる組織を作ることができ、また無限に増殖させることができる細胞のこと。
  • ※3 三胚葉
    多細胞動物の受精後の初期胚からできる細胞で、内胚葉、中胚葉、外胚葉に分けられる。内胚葉は、消化官や呼吸器官などを形成する。中胚葉は骨格系、筋肉系、循環器系などを形成する。外胚葉は、表皮、神経系、感覚器などを形成する。
  • ※4 キメラマウス
    2種類以上の異なる種類のマウスの発生初期の胚を融合させて作製したマウスのこと。
  • ※5 生殖系列に寄与
    将来精子や卵子といった子孫にその遺伝形質が伝搬する細胞系列のこと

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