慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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骨の再生には、本来体を守る役割を持つはずのサイトカインは邪魔になる!?

論文紹介著者

田宮 大雅(博士課程 1年)

田宮 大雅(博士課程 1年)
GCOE RA
微生物学・免疫学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Yi Liu/Nature medicine, 2011 Nov 20;17(12):1594-601.

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Liu Y, Wang L, Kikuiri T, Akiyama K, Chen C, Xu X, Yang R, Chen W, Wang S, Shi S. Mesenchymal stem cell-based tissue regeneration is governed by recipient T lymphocytes via IFN-γ and TNF-α. Nature medicine. 2011 Nov 20;17(12):1594-601.

論文解説

背景

はじめに幹細胞とは、多分化能と自己複製能を併せ持ち、様々な組織の元となっている細胞です。幹細胞を用いた再生治療は組織の再構築においてその有効性が保証されている手段であるでしょう。骨髄間葉系幹細胞Bone Marrow Mesenchymal stem cells(BMMSC)は、骨をつくる骨芽細胞や軟骨細胞、脂肪細胞など間葉系と非間葉系両方ともに分化する能力を持った細胞です。最近の研究により、BMMSCを体内に移植すると、損傷・疾患の組織に取って代わるために体内の細胞と強調して新しい骨や骨周辺組織の再生を促進することがわかってきました。しかしながら、骨再生能にも限界があり、大きな骨欠損は自然には修復されません。そこでBMMSCと他の細胞との関係を明らかにすることにより、骨再生能を高める方法を見つけ出そうと著者らは考えました。この論文では特に免疫細胞との関係性に焦点を絞っています。

T細胞がBMMSCによる骨再生を抑制する

まず骨再生のモデルとして、人工的にマウスの骨を欠損させ、その欠損部位にBMMSCとハイドロキシアパタイト(HA)ビーズを移植して骨再生の様子をみる方法を用いました。正常マウスでは骨再生はみられませんでしたが、免疫細胞を欠損させたnudeマウスでは確認されました。しかしながらCD4+T細胞を移入させたnudeマウスでは正常マウスと同様に骨再生が確認されなかったことから、CD4+T細胞がBMMSCによる骨再生を抑制していることが考えられました(図1)。CD4+T細胞はヘルパーT細胞とよばれ、種々のサイトカインを産生することによって他の細胞の活性化や機能の行使を助けます。

組織中のサイトカイン濃度を測定したところ、nudeマウスでは変化がなかったのに対し、骨再生の起こらない正常マウスおよびCD4+T細胞移入nudeマウスにおいてTNF-αとIFN-γが上昇していました。そこでnudeマウスにBMMSCとともにTNF-αまたはIFN-γを投与すると骨再生は確認できず、逆にTNF-αおよびIFN-γの中和抗体を投与すると正常マウスにおいても骨が再生されました。したがってTNF-αおよびIFN-γによりBMMSCの骨再生は抑制されることが示唆されました。

TregはBMMSCによる骨再生を亢進させる

CD4+T細胞にはいくつかの種類が存在しますが、その中の一つregulatory T細胞(Treg) は免疫抑制能を持つ細胞集団です。CD4+T細胞移入nudeマウスでは骨再生がみられませんでしたがTreg移入nudeマウスにおいては確認され(図1)、さらには通常骨再生されない正常マウスにTregを移入したところ、TNF-αやIFN-γの産生を抑え骨再生を促進していました。

TNF-αとIFNγは相乗的に働いてBMMSCに細胞死を誘導する

次にTNF-αとIFN-γがどのように働いて骨再生を抑制しているのかを検討するために、in vitroでBMMSCの骨形成を評価しました。無添加時と比較し、IFN-γはBMMSCの骨形成を強く抑制することがわかりました(図2)。さらにTNF-αはBMMSCに細胞死を誘導させ、IFN-γ共存在時ではこの効果が増強されました(図2)。これはIFN-γ刺激によりBMMSCにおいて、骨形成を促進させるSmad6やRunx2、細胞死を誘導するFasなどの分子の発現を上昇させ、細胞死を抑制するTNFR2やXIAPなどの発現を減少させることによるものであることがわかりました。

Tregやアスピリン投与による骨再生能力の向上

最後に実際に頭蓋骨を欠損させる実験モデルを用いて今回の結果の治療への応用の可能性をみています。無処置時では骨再生はほぼみられなかったのに対し、BMMSC単独移植時では部分的に、BMMSCとTreg移植時では完全に頭蓋骨が再生されていました。また消炎鎮痛剤であるアスピリンはTNF-αやIFN-γの産生を抑制することが知られています。BMMSC移植時にアスピリンを投与した実験ではTreg移入時と同様に完全に頭蓋骨が再生されることを確認しました(図3)。

まとめ

これまでに骨の再生のために体外で増殖させた骨前駆細胞を使った臨床応用は様々なされてきましたが、細胞を用いた組織再構築は身体機能を取り戻させるような大量で高品質な組織をつくり出すまでには未だ至っておりません。この研究では、BMMSCを用いた組織再生はTNF-αとIFN-γ産生を抑制するアスピリンの投与や免疫抑制能を持つTregの移入によって改善されることを示しました。アスピリンは世界で広く用いられている非ステロイド性抗炎症剤であり、Tregは現在精力的に研究がされている分野です。これをさらに応用させることによってヒトにおいても副作用もさほどなくほぼ完全に組織が再生する治療法が開発されることが期待されます。

用語解説

  • ※1 ハイドロキシアパタイトビーズ
    骨伝導構造として円柱状の貫通孔を有する球状の水酸アパタイトビーズです。生体由来因子が容易に侵入することができ、細胞誘導能が優れているため、細胞の増殖・分化の足場として適しています。良好な骨形成が期待されます。
  • ※2 TNF-α
    炎症性サイトカインの一つであり、細胞死の誘導や他の炎症性サイトカインの産生亢進を行うことにより感染防御や抗腫瘍作用に関与しています。
  • ※3 IFN-γ
    活性化されたT細胞で産生され免疫系と炎症反応に対して調節作用を有しています。Th1細胞からも分泌され、白血球を感染局所にリクルートして炎症を強化する作用があります。

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