慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
English

世界の幹細胞(関連)論文紹介


ホーム > 世界の幹細胞(関連)論文紹介 > テロメラーゼの再活性化によりマウスの組織老化が回復する

テロメラーゼの再活性化によりマウスの組織老化が回復する

論文紹介著者

松井 健(博士課程 4年)

松井 健(博士課程 4年)
GCOE RA
生理学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Mariela Jaskelioff/Nature. 469(7328)

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Telomerase reactivation reverses tissue degeneration in aged telomerase-deficient mice

論文解説

背景

高齢化社会の到来により、老化によって衰えた組織の機能を回復させ、健康を保つ再生医療の研究が着目されている。老化の研究は広く行われているが、老化によって現れる様々な障害を引き起こす内因性の因子を除くことで、老化を「止める」、のではなく「回復させる」ことができるか否かについては、いままで確固たる知見がなかった。筆者らは、老化を引き起こす原因の一つである染色体損傷に着目し、老化したマウスの機能を回復させる実験を行った。

実験の概要

筆者らはまず、テロメアとテロメラーゼに着目した。テロメアは染色体を構成するDNAの末端にある構造物で、染色体を保護し、その安定性を保つ役割がある。テロメラーゼは短縮したテロメアの伸長を担う酵素であり、ヒトにおいては幹細胞や生殖細胞、マウスにおいては体細胞においても発現がみられる。テロメラーゼの欠損やその他の原因によりテロメアが失われた細胞では、染色体DNAの分解や異常な融合が起こり、生体においては幹細胞の脱落や組織の委縮、機能不全、創傷治癒の遅れなど、老化と共通した現象が生じてくる。

さて、筆者らはマウス生体内におけるテロメラーゼの発現を意図的にコントロールするため、タモキシフェン投与の有無でテロメラーゼの発現をON/OFFできるノックインマウス(TERT-ERマウス)を作製した。このノックインマウスの細胞においては、テロメラーゼの一部分を構成する逆転写酵素(TERT: Telomerase reverse transcriptase)の部分にER(estrogen receptor)の配列が付加されている。これによりテロメラーゼは立体構造が変化し、正常な酵素活性が失われるが、タモキシフェンの投与時にはエストロゲンレセプターとタモキシフェンが結合し、TERTの立体構造が回復するためテロメラーゼの活性も回復する。

タモキシフェンを投与せず飼育したTERT-ERマウスは、細胞レベルでは線維芽細胞の増殖能低下、組織レベルでは精巣や脾臓の委縮、寿命短縮、嗅覚低下などの表現形を呈した。中枢神経系においては、脳室下帯における神経幹細胞も減少しており、脳全体の体積、重量とも減少が見られた。しかし、タモキシフェンの投与下にあるマウスではこれらの兆候は認められず、正常マウスと同レベルの機能が保たれていた。

まとめ

この実験において、短期間のテロメラーゼ活性化によりテロメア長の回復、生殖能力の回復が見られた。この事実から、組織幹細胞の一部はテロメラーゼ活性が低下した状況下においても増殖停止状態のまま生存しており、テロメラーゼの再活性化によりテロメアへのストレスが除かれれば、増殖能を回復できるものと推測される。このマウスモデルは生体内のテロメラーゼと老化の関連性を評価する上で非常に有効であるといえる。

Copyright © Keio University. All rights reserved.