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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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薬剤性過敏症症候群 - DIHSがつなぐ薬疹とウイルスとの関連性

論文紹介著者

足立 剛也(博士課程 2年)

足立 剛也(博士課程 2年)
GCOE RA
皮膚科学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Damian Picard/Science Translational Medicine 2, 46ra62, Aug. 2010.

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Damian Picard, et al: Drug Reaction with Eosinophilia and Systemic Symptoms (DRESS): A Multiorgan Antiviral T Cell Response, Science Translational Medicine 2, 46ra62, 2010

論文解説

"中毒疹"という日本に特有の病名が、皮膚科にはある。原因不明の皮疹が全身に出現する皮膚疾患の総称であり、ウイルス感染症や薬剤など多種多様な要因が考えられる。では何故、各々を"ウイルス感染症"や"薬疹"と診断しないのか。診断した医者が未熟だから?筆者の場合はそうかもしれない。しかし、これらの発疹の臨床所見は非常に類似しており、見た目からだけでは鑑別(区別)する事が非常に難しい、というのが実際のところである。今まで多くの医者が悩み、そして、"中毒疹"という病名が使用されてきた。

ウイルスか薬剤か。中毒疹を見た場合、皮膚科医は様々な検査を行い、その原因を突き止めようとする。まず抗ウイルス抗体を検査し、使用している薬剤を洗い出す。ウイルス感染であれば、抗ウイルス薬が投与できる場合もあり、免疫を抑制する治療によって悪化する場合があるため気をつけなければならない。薬疹だった場合、原因薬剤を中止しなければ症状は重篤化し、時には死に至る場合もあるため、治療方針を決定する上で非常に重要である。しかし、薬剤性の皮疹の中には、特定の薬剤を中止した後にも症状が長引くタイプのものがあり、本当にその薬剤によるものなのか?他の要因がからんでいるのか?と疑問に思われてきた。1998年になってこの要因がウイルス感染である事が突き止められ、長年鑑別(区別)に苦労してきた薬剤とウイルスの両者が関連して発症してくる病態が報告された※1, 2。"薬剤性過敏症症候群※3"である。

薬剤性過敏症症候群(Drug-induced hypersensitivity syndrome、以下DIHS)は、特定の薬剤内服後数週間で発症し、中止した後でも多臓器での症状が長引く重症薬疹の一型である。ヘルペス属ウイルス※4の再活性化※4を特徴とし、多剤感作、致死的となりうる感染症、回復期の自己免疫性疾患を合併する。欧州ではDrug reaction with eosinophilia and systemic symptoms※5(以下DRESS)として提唱されているが、その診断基準にはDIHSに特徴的とされるヘルペス属ウイルス再活性化の項目が含まれていない。この論文では、フランスのグループがDRESS患者40人を対象に、ウイルスとの関連を含めて検討を行った。

免疫学的検査の結果、DRESS患者では急性期におけるT細胞※6の増加、活性化が認められ、特に細胞障害性CD8陽性T細胞※6において、サイトカイン※7(IFNγ, TNFα, IL-2)の産生が上昇し、重症例においてより顕著であった。また、発症後3ヶ月の時点でもこのサイトカイン産生は続いていた。この結果は原因薬剤を中止後でも長引くDIHS/DRESSの臨床症状と相関するものであった。

ヘルペス属ウイルスとの関連については、実に3/4以上の症例で、EBV※4, HHV-6※4, HHV-7※4のいずれかが再活性化していた。特にEBVについては、EBV特異的CD8陽性T細胞の増加が認められ、皮膚以外にも肺、胃洗浄液、肝臓など多臓器への浸潤、即ちDIHS患者におけるウイルス特異的T細胞の全身への波及が確認された。また、カルバマゼピン※8によりDRESSを発症した患者のB細胞※9を分離し、同薬剤と共培養したところ、EBVの増殖が亢進した。興味深いことに、同じB細胞と、非原因薬であるが一般的にDRESSを起こすことが知られるアロプリノール※10との共培養もEBVの増殖を促した。つまり、原因であったとなかったとに関わらず、薬剤とウイルスが直接的に関係していることが示唆されたのだ。

DIHSにおけるウイルス再活性化は、その薬剤によって引き起こされた免疫異常の結果として二次的に併発する可能性と、薬剤とウイルスの両者が病態へ直接関連している可能性が考えられる。この論文の結果は、後者の可能性を強く示唆するものである。 DIHS/DRESSにおいては、非常に複雑な免疫反応が絡み合っており、その病態の解明は非常に困難なものであるが、ヘルペス属ウイルスが潜伏感染した自己細胞への免疫反応が起点になっていると考えるとわかりやすいかもしれない。

悩んだ末に付けられていた中毒疹という診断名。実はその悩みには病態の本質が隠れていたのだろうか。

用語解説

  • ※1
    Suzuki, Y. et al.: Human herpesvirus 6 infection as a risk factor for the development of severe drug-induced hypersensitivity syndrome. Arch. Dermatol., 134: 1108-1112, 1998.
  • ※2
    Tohyama, H. et al.: Severe hypersensitivity syndrome due to sulfasalazine associated with reactivation of human herpesvirus 6. Arch. Dermatol., 134: 1113-1117, 1998.
  • ※3
    DIHS(Drug-induced hypersensitivity syndrome、薬剤性過敏症症候群)
  • ※4 ヘルペス属ウイルス
    ヒトに潜伏感染し、水疱を呈するDNAウイルスの一つ。7種類の型があり、1型は口唇に水疱を形成するHSV-1、2型は外陰部に水疱を形成するHSV-2、その他、4型のEBV、突発性発疹を引き起こす6型のHHV-6、7型のHHV-7などがある。潜伏感染していたウイルスが後になって免疫の低下などに伴って、再び症状をあらわしてくることを再活性化という。
  • ※5 DRESS(Drug reaction with eosinophilia and systemic symptoms)
    欧米では以前よりDIHSと同様の疾患がDRESSとして報告されている。全く同じ患者を対象としている訳ではない。
  • ※6 T細胞
    免疫を司るリンパ球の一種。胸腺(Thymus)由来の為、T細胞という。細胞表面に発現しているマーカーの違いにより、CD4陽性T細胞や細胞障害性のCD8陽性T細胞などが存在する。
  • ※7 サイトカイン
    免疫担当細胞から分泌されるタンパク質で、特定の細胞に情報を伝達するもの。免疫、炎症に関係したもの(IFNγ, TNFα, IL-2など)、細胞増殖、分化に関係したもの、創傷治癒に関係するものなどがある。
  • ※8 カルバマゼピン
    抗てんかん薬の一種。DIHSの原因薬剤として最も多い。
  • ※9 B細胞
    免疫を司るリンパ球の一種。骨髄(Bone marrowもしくはファブリキウス嚢: Bursa Fabricii)由来の為、B細胞という。抗体産生に関与する。
  • ※10 アロプリノール
    痛風薬の一種。DIHSの原因薬剤の一種。

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