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終末分化した肝細胞から機能的な神経細胞への直接的な系統転換
論文紹介著者

江頭 徹(博士課程 3年)
GCOE RA
内科学教室(循環器)
第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月
Samuele Marro/Cell Stem Cell 9, 374-382, October 7, 2011
文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)
Samuele Marro, Zhiping P. Pang, Nan Yang, Miao-Chih Tsai, Kun Qu, Howard Y. Chang, Thomas C. Su¨ dhof,and Marius Wernig
Direct Lineage Conversion of Terminally Differentiated Hepatocytes to Functional Neurons
論文解説
背景
iPS細胞の発見は分子細胞生物学の知見を劇的に変えた。iPS細胞の誘導方法を模倣して、昨今iPS細胞を介さない直接的な神経細胞、心筋細胞、肝細胞などの分化転換を行った研究成果がいくつか報告されている。多くは発生学的に重要とされる組織特異的な複数の転写因子を同時に導入することで目的の細胞に形質転換する現象が確認されているが、これまでの研究デザインの多くは線維芽細胞からの形質転換を試みるものであった。そもそも線維芽細胞は遊走能を持ち、様々な組織の間質に存在するため元来優れた形質転換能を備え、その由来も神経幹細胞を含む種々の組織幹細胞が混在する非常にヘテロな集団であることが知られている。つまり線維芽細胞に形質転換を誘導した場合、予め線維芽細胞を構成している組織幹細胞が選択的に形質転換を起こしている可能性が除外できない。そこで著者らは外胚葉から最も遠く、これまでの報告ではより近い系統への分化転換しか報告されていない内胚葉組織に注目し、終末分化した肝細胞から神経細胞が直接的に誘導できるかを検証した。
(1)肝細胞からの神経細胞誘導
まず著者らは生後2~5日の野生型マウス及びTauという神経細胞特異的マーカーにEGFPという蛍光色素でマーキングした遺伝子を人工的に導入したマウスの肝細胞の初代培養を行い、約1週間後、ドキシサイクリンという薬剤で遺伝子発現がonとなるシステムを搭載したレンチウイルスベクターを用いて、Ascl1、Brn2、Myt1l (3因子の組み合わせをBAMと命名)を導入したところ、ドキシサイクリン暴露後13日目でEGFP陽性(すなわちTau陽性)の神経細胞を確認(induced Neuronal cells : iN cells)し、さらに遺伝子導入後3週間目のiN細胞の機能解析行ったところ、種々の成熟神経細胞のマーカーの陽性化を確認し、殊にvesicular glutamate transporter(vGlut1)という刺激性神経細胞(excitatory neurons)に特異的なマーカーの発現が認められた。さらには本来の肝細胞特異的マーカーであるAlbumin、AFPなどの発現量がiN細胞に誘導後は著明に抑制されていることも確認された。
(2)アルブミン発現肝細胞からのiN細胞誘導の遺伝的立証
次に著者らは終末分化肝細胞からのiN細胞誘導をより強固に立証するため((1)の実験では肝臓に含まれる間質細胞からの誘導の可能性があるため)に、アルブミンを発現する細胞だけ緑色/青色になる(つまり肝細胞だけ緑色/青色になる)マウスの肝臓の培養細胞を用いて同様の実験を行った。すると緑色/青色のiN細胞が確認され、アルブミン発現肝細胞からのiN細胞誘導が示された(本細胞を肝細胞からのiN細胞ということでHep-iN細胞と命名)。またHep-iN細胞の形質維持についてはドキシサイクリンの暴露時間の条件検討を行った結果、最低5日間程度の外来遺伝子発現でiN細胞への形質転換が起こることが示唆され、それ以後の形質維持については外来遺伝子の持続発現は不要であり、内因性の遺伝子発現で保たれていると考えられた。さらにはHep-iN細胞から神経細胞特有の活動電位が記録され、マウスの大脳皮質神経組織との共培養ではシナプス形成も確認されるなど、機能的にも成熟した神経細胞に類似した細胞であると考えられた。
(3)線維芽細胞と肝細胞において形質転換効率や動態は類似していた
BrdUという細胞増殖を検出する薬剤を用いてiN細胞の誘導を行ったところ、ほとんどの細胞においてBrdUの取り込みが確認されず、形質転換に細胞増殖は必須ではないことが確認された。また一時期だけでもアルブミン発現肝細胞であった細胞が赤く光り続け、神経細胞となったと同時に緑色も発色するマウスを用いて誘導効率を解析したところ、マウス胎児性線維芽細胞(MEF)には劣るものの、肝臓間質の線維芽細胞(非肝細胞すなわち赤くない細胞)やマウス尾端線維芽細胞(TTF)においては同等の誘導効率であった。
(4)MEF-iN細胞とHep-iN細胞の網羅的な遺伝子発現パターンの比較
FACSというシステムを用いて、MEF-、Hep-、TTF-iN細胞(各々誘導後13日目と22日目)、アルブミン発現肝細胞、MEF、マウス新生児大脳神経細胞、胎生13.5日目の前頭葉神経幹細胞由来神経細胞を精製した後、各々の細胞群の網羅的遺伝子発現パターンをマイクロアレイというシステムで解析した。すると各々のiN細胞同士は極めて遺伝子発現パターンが酷似し、一方で由来細胞の特異的遺伝子発現は一様に抑制されていた。またiN細胞の2群間の比較において、Hep-iN細胞はMEF-iN細胞に比較して、13日目のiN細胞において神経細胞のキャラクターの獲得が不十分であり、誘導効率の差を支持するように、肝細胞はMEFと比べると形質転換し辛いことが示唆された。さらにiN細胞は胎生期の神経幹細胞由来神経細胞と遺伝子発現パターンが近いことがわかり、成熟過程の神経細胞のステージの性質を備えていることが推察された。またHep-iN細胞、マウス新生児大脳神経細胞、アルブミン発現肝細胞の単一細胞同士の遺伝子発現を比較したところ、Hep-iN細胞において大部分が肝細胞特異的遺伝子発現はoffとなっていることが示唆されたが、大脳神経細胞との比較において一部肝細胞様の発現を示したことから、有意な意味は乏しいと思われるもののiPS細胞誘導においても確認されているホスト細胞のエピジェネティックメモリーが本実験系においても残存する可能性が示唆された。
結語
- 異なる胚葉の終末分化細胞から直接的形質転換が起こる。
- 形質転換にはホスト細胞の細胞増殖を必要としない。
- ホスト細胞によって目的の細胞への形質転換効率の差がある。(なり易さ、なり難さ)
- 誘導した細胞はホスト細胞とのハイブリッド細胞ではなく、完全に異種の独立した細胞に形質転換を起こしている。
- 誘導細胞は非機能ながらわずかなホスト細胞の名残を残しており、直接的形質転換においてもエピジェネティックメモリーの関与が示唆される。

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