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造血幹細胞の維持にはp57が重要である
論文紹介著者
古澤 純一(博士課程 3年)
GCOE RA
微生物学・免疫学
第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月
Akinobu Matsumoto/Cell Stem Cell. 2011 Sep 2;9(3):262-71.
文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)
Matsumoto A, Takeishi S, Kanie T, Susaki E, Onoyama I, Tateishi Y, Nakayama K, Nakayama KI. p57 Is Required for Quiescence and Maintenance of Adult Hematopoietic Stem Cells. Cell Stem Cell. 2011 Sep 2;9(3):262-71.
論文解説
私たちの血液には白血球や赤血球、血小板などといった非常に多彩な細胞が存在する。これらすべての細胞は造血幹細胞という共通の細胞から出発して生み出される。造血幹細胞は増殖をほとんど見られず、細胞周期の静止期にとどまっているが(低増殖性)、ごくたまに細胞分裂し、そのときには自己を複製する場合(自己複製能)と、血液前駆細胞をへて多くの血液細胞を産生する場合(多分化能)とがある。しかし、一旦分化への道をたどり始めた血液前駆細胞は出発地点である造血幹細胞には戻ることは出来ず、またその増殖も盛んではあるが有限であり、造血幹細胞による新たな前駆細胞の供給が無いと一生に渡って血液細胞を供給し続けることは出来ない。その為、少数の造血幹細胞が枯渇しないように自己複製能と多分化能とをバランスよく保つ仕組みがこの細胞には備わっており、幹細胞としての特性、すなわち幹細胞性の維持に寄与していると考えられてきた。
造血幹細胞の数を制御する因子として、サイクリン-CDK複合体※1というタンパク質が活性化することが、造血幹細胞の増殖に必須であるとされている(CDK:cyclin-dependent kinase、サイクリン依存性キナーゼ)。さらに、造血幹細胞の静止期の維持を担う主要なタンパク質として、CDK阻害タンパク質と呼ばれるp21、p27、p57は、サイクリン-CDK複合体の機能を阻害することにより細胞の増殖サイクルを抑制している。p21とp27は造血幹細胞の増殖制御に寄与していないことが知られていたが、p57の造血幹細胞における役割は不明のままであった。今回の論文において筆者らは造血幹細胞においてp57を欠損したマウスを作製し,p57が造血幹細胞における静止期の維持および幹細胞性の維持に必須のタンパク質であることを明らかにした。
まず筆者らはマウスの造血幹細胞においてp57が高いレベルで発現していることを発見した。そこで,次に造血幹細胞におけるp57の機能解析を行うことにした。全身のp57をノックアウトしたマウスは出生の直後に死亡してしまうため,血液細胞のみでp57を欠損するコンディショナルノックアウトマウスを作製し、増殖能に変化がないか実験を行った。その結果、p57が欠損すると造血幹細胞の増殖が異常に亢進することがわかった。しかし、この異常な増殖亢進にも関わらず時間の経過ともに造血幹細胞の数は減少していった。こp57が欠損したことで増殖性が亢進することにより自己を複製せずに血液前駆細胞への分化の方向へ傾き、造血幹細胞が枯渇していくことが原因だと考えられた。
次にp57を介したどのような分子機構が造血幹細胞の静止期の維持に重要であるかを検討した。p57などのCDK阻害タンパク質はサイクリン-CDK複合体の機能を阻害することが知られている。一方、活性型のサイクリン-CDK複合体はRb※2というタンパク質をリン酸化することにより細胞周期を活性化して細胞の増殖を導く。p57を欠損した造血幹細胞を解析したところ、Rbのリン酸化の異常な亢進が確認された。さらに,p57を欠損した造血幹細胞のサイクリン-CDK複合体の活性を阻害する薬剤を使用することで、自己複製能と多分化能のバランスが崩れた結果起こってしまう造血幹細胞数の減少に回復が見られた。これらのことから、p57は正常な造血幹細胞ではサイクリン-CDK複合体の機能を抑制することにより、造血幹細胞の静止期を維持していることが明らかになった。
最後に、造血幹細胞が血液前駆細胞を経て血液細胞を産生する能力を生体において測定するため、造血幹細胞の移植実験を行った。p57を欠損したマウスから造血幹細胞を取り出し、別のマウスに移植した。移植された造血幹細胞は,通常であればマウスの体内において自己を複製することで造血幹細胞を十分に増やしたのち血液細胞を産生する。しかし、p57を欠損した造血幹細胞は正常の造血幹細胞の1/10程度しか血液細胞を産生できなかった。p57を欠損したことによる造血幹細胞の枯渇は結果として最終的に産生できる血液細胞の量も非常に少なくなってしまったものと考えられた。
筆者たちの今回の論文の結果によって、p57は造血幹細胞に多く存在し、造血幹細胞の増殖速度が速くなりすぎないよう維持していることが明らかになった。また、p57が欠損した造血幹細胞は異常に血液前駆細胞を産生して自己を複製できなくなり、最終的には造血幹細胞は枯渇してしまったことから、造血幹細胞が機能を維持するためには、やはり長期間にわたり静止期にとどまっていることが重要であることも明らかになった。この研究により、造血幹細胞の自己複製機構の一端が明らかになった。この機構をより詳細に調べることにより、将来的には機能を喪失することなく大量に造血幹細胞を確保する技術が開発されることが期待される。造血幹細胞の大量複製が可能となれば、輸血だけでなく、白血病など多くの血液疾患に対する再生治療への道が大いに広がることが予想される。
図1 増殖サイクル(細胞周期)から静止期(G0期)へ脱出した細胞は、G0期にとどまるか、
再び増殖サイクルへ再進入するか、分化・老化・死へ向かうかのいずれかの運命を選ぶ。
用語解説
- ※1 サイクリン-CDK複合体
細胞はG1→S→G2→M期からなる細胞周期を回転させることにより増殖をする。細胞周期の回転においてエンジンの役割を果たすのがサイクリン及びCDKと呼ばれる蛋白質であり、これらは複合体を形成して働く。 - ※2 Rb
癌抑制遺伝子の一つであり、網膜芽細胞腫の原因遺伝子として初めて発見された。細胞周期がS期へ移行するのを抑制しているほか、現在では多くの癌の発症に関与していることが分かっている。
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