慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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FOP(進行性骨化性線維異形成症)の異所性骨化部の起源は?

論文紹介著者

荒木 大輔(博士課程 3年)

荒木 大輔(博士課程 3年)
GCOE RA
歯科口腔外科学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Damian Medici/Nature Medicine, 12:1400-1406, 16 Dec,2010

論文解説

はじめに

FOP(Fibrodysplasia ossificans progressive;進行性骨化性線維異形成症)という病気をご存じでしょうか?小児期から全身の骨格筋や筋膜、腱、靭帯などの線維性組織が進行性に骨化(異所性骨化)し、このため四肢・体幹の可動性低下や変形を生じる病気です。有病率は200万人に1人といわれており、日本では50~80名程度の罹患者がいるとされています。発病は203歳、生後拇指部分が外反拇指のように変形していることが特徴で、異所性骨化は生後数年たってから出現します。骨化が始まる前に、フレアアップと呼ばれる発赤・熱感・圧痛を伴った腫脹が出現し、その度に異所性骨化が広がり、関節の可動性が失われます。骨化は体幹から始まり、徐々に末梢へ進行する傾向があります(注1)。
近年この疾患の責任遺伝子の解明がなされ、その本態はBMP typeⅠ受容体であるACVR1(ALK2)遺伝子のR206H変異(206番目のアミノ酸であるR;アルギニンがヒスチジンに置換)であることが報告されました(Nature Genetics - 38, 525 - 527.2006.Shore et.al)。筆者らはこの報告を元に、異所性骨化を引き起こす細胞がいったいどこに由来するのか、ということが今まで解明されていないことに注目し研究をすすめています。そこでさらにその供給源として着目したのが上皮間葉転換(epitherial-mesenchymal transition;EMT)や内皮間葉転換(endtherial-mesenchymal transition;EndMT)といった概念です(EMTとは上皮細胞が間葉系細胞へと形態を変化する現象で、生物の発生段階における器官形成やがん細胞の浸潤において研究がなされています;注2)。
これらをふまえ筆者らは異所性骨化を引き起こす細胞は血管内皮に由来するのではないかという仮説を立て研究を進めていきます。

研究内容

i)まず筆者らは、恒常的にALK2を発現するマウス(caALK2 mouse)を作製し、そのマウスで認められた異所性骨化部位とFOPの患者さんの異所性骨化部位を解析しました。その結果実際に両者の骨化部位において、内皮細胞マーカーであるTie2・vWFの発現がみとめられました。
異所性骨化部位の細胞は内皮細胞に由来することが示唆される。

ii)さらにヒトの臍帯静脈内皮細胞(human umbilial vein endotherial cells;HUVECs)と皮膚の内皮細胞(human microvascular endotherial cell;HCMECs)に遺伝子の変異の入ったR206H ALK2をウイルスを用いて感染させ強制発現させたところ、間葉系細胞のマーカーであるFSP-1の発現が優位に増加し、さらには間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell;MSC,注3)のマーカー(Stro-1/CD10/CD44/CD71/CD90/CD117)の発現を認め、多分化能の指標である骨・軟骨・脂肪への分化を確認しました。
内皮細胞は遺伝子変異型ALK2(R206H)により間葉系幹細胞の形質を獲得する。

iii)最後に彼らは、前述のHUVECsとHCMECsにALK2のligandであるTGF-β・BMP4を添加したところ、同様に間葉系幹細胞の形質を獲得しました。さらにこの形質の変化はALK2特異的なsiRNAを導入することでキャンセルされることがわかりました。
ALK2を介してTGF-β・BMP4の作用によりEndMTが引き起こされる。

今回の論文について

今回彼らが示した新しい知見は,FOPに認められる異所性骨化は何が原因で引き起こされるのかという疑問に対し示唆をおこなった点ではないでしょうか。それはACVR1(ALK2)遺伝子のR206H変異により、血管内皮細胞が間葉系幹細胞様の形質を獲得(EndMT)することで、その細胞が骨格筋や筋膜、腱、靭帯に集積することで異所性骨化が引き起こされるというものです。現在、FOPに対する有効な治療法が確立されているわけではありません。この知見によりFOPにおける異所性骨化を防ぐ方法として、血管内皮細胞のEndMTを防ぐことで有効な治療法につながることも考えられます。

解説

  • 注1
    財団法人 難病医学研究財団/難病情報センターのホームページにFOPについての情報が載っています、ご参照ください。
  • 注2
    Epithelial-Mesenchymal Transition (EMT;上皮間葉移行):上皮細胞が間葉系様細胞に形態変化する現象で、初期胚発生における原腸陥入、神経提細胞の運動や器官形成過程特に、心臓や腎臓また口蓋形成での重要性がこれまでに明らかとなっています。一方、EMTの獲得が運動性の亢進や細胞外基質の蓄積をもたらすことから、癌細胞の浸潤や線維症との関連も示唆されています。
  • 注3
    Mesenchymal stem cell(MSC;間葉系幹細胞):間葉系幹細胞は、骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞への多分化能を有する組織幹細胞です、間葉系に属する細胞への分化能をもつとされる細胞で、骨や血管、心筋の再構築などの再生医療への応用が期待されています。

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