慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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Young Researchers' Trip report


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AACR-NCI-EORTC International Conference Molecular Targets and Cancer Therapeutics

氏名

吉田 剛
GCOE RA
先端医科学研究所遺伝子制御部門

活動レポート

今回が生涯で初めての国際学会発表でありましたので、大いなる期待と少々の緊張、不安が入り混じった複雑な心境でアメリカに入国しました。ワシントンD.Cで生まれた2か月後に家族ともども日本に帰国して以来、僕はアメリカへはこれまで行ったことが全く無かったものですから、今回の渡米は26年ぶりのfirst return to home countryでもありました。場所はカリフォルニア州北部に位置するサンフランシスコ。大好きな有名ドラマ『フルハウス』の舞台でもあり、期待通り、ほのぼのとした自由な雰囲気に都市全体が満ち溢れていました。

AACR-NCI-EORTC International ConferenceとはAmerican Association for Cancer Research(アメリカ癌学会;AACR)、National Cancer Institute(国立癌研究所;NCI)、そしてEuropean Organization for Research and Treatment of Cancer(ヨーロッパ癌研究治療学会;EORTC)という腫瘍研究・新規治療開発に携わる国際的三大巨頭が連合して開催する、AACRに匹敵するほどの規模の国際学会です(Figure1-a)。ですから、1年おきに開催場所がアメリカ、ヨーロッパと交代するようです。今回は分子治療標的(molecular therapeutic target)という観点に重視した基調講演・教育講演、そして世界中から数多くの演題が集結していました(Figure1-b)。癌幹細胞に関する演題はかなり少なく、逆に普段聞くことができないような研究内容が多かったです。

新規分子標的薬の開発に対して僕は、以下の2つの理由からずっと疑問を抱いていました。

  1. しばらく投与すると腫瘍細胞がalternative pathwayを活性化することで耐性を獲得してしまうため、結果的に悪性化・難治性を加速させてしまうのではないのか?
  2. 外科的切除や放射線治療を含めた集学的治療(multidisciplinary therapy)の方が医療経済学的に優れているのではないか?

そこで今回の学会では枝葉末節というと語弊があるかもしれませんが、個々の演題内容だけでなく、"分子標的治療の世界的な動向"を根本的、批判的に見定めることを1つの課題にしました。Phase II、あるいはIIIレベルのclinical trialの話が教育講演では多かったのですが、BRAF変異メラノーマ・炎症性乳癌などで共通して、「原発巣、転移巣でmutually exclusiveに活性化しているシグナルを阻害できるような分子標的薬剤の組み合わせの検討」が重要であるという傾向にありました。それでもSrcキナーゼなどが活性化してしまうといった具合に、dual or triple blockageでも全く歯が立たないからどうすれば良いのだろうかといった「現実的(自虐的?)」な発表者もいました。対して、drug holiday (TKI抵抗性獲得に対して、しばらく投与を中止してから投与を再開すると効くようになる現象)やシグナル伝達のnegative feedbackに着目した多剤投与の重要性を指摘する講演内容もあり、正直、臨床治験は山の数ほどあれども、学問的裏付けに関しては混沌とした状況にあると感じました。

特記すべきこととして、ポスターセッション(3日間、毎日250個のポスター演題が入れ替わり!)が充実していたことです。本学会では全ての一般演題がポスターでしたが、独創性に富む研究が多く質疑応答もかなり盛り上がりました。中でも感心した研究者の一人が、multiple drug resistance (MRP)タンパクのミトコンドリア外膜での発現機能を博士課程1年から6年間研究し続けているというイギリスのElizabeth博士でした。実験系はin vitroのみに拘りつつも、MRP1に人生をかけているようにさえ感じた若き女性研究者でした。MRP1が脳血液関門(BBB)を構成するアストロサイトの細胞膜で発現を認める一方で、ABCトランスポーターとして薬剤排出を促進して腫瘍細胞の難治性に寄与するという事実には、以前から僕自身かなり興味を抱いていたので、深くdiscussionすることができました。「抗癌剤処理で腫瘍細胞のミトコンドリア由来のROSレベルを上げた時にミトコンドリア外膜MRP1の糖鎖修飾は変化するのではないか?」という指摘をしたら「面白い観点だからすぐに調べてみる」と、非常に柔軟な発想の研究者でした。

加えて、製薬会社、実験試薬業者などのコマーシャルブースも豊富で、現在どのような治験が行われているのかが非常に分かりやすく展示されていました(Figure1-c)。とりわけ興味を抱いたブースは、外科的切除をしたばかりのfreshなヒトの腫瘍組織検体から癌幹細胞を単離して免疫不全マウスに連続移植することで、より臨床検体に近い生物学的性質や病理学的特徴を反映したxenograftモデルを確立するというシステムでした。細胞株と現実の腫瘍細胞との違いが問題視される中、このシステムを臨床-基礎が一体化して様々な医療研究施設でルーチンに行うことができるようになれば、日本国内の腫瘍治療研究も加速化すると思いました。

今回僕自身は、癌幹細胞マーカーとして知られているEpCAM(Epithelial cell adhesion molecule;CD326)が腫瘍代謝にどのような影響を与えるのかという研究内容について、11月13日のPoster Session A(12:30-14:30, 18:00-19:30の合計約4時間)にて、audienceとの活発なdiscussionを交えながらプレゼンテーションをしてきました(Figure2a-b)。意外にもタイトルの中の「stemness(幹細胞らしさ)という単語に反応して"Why EpCAM-positive cells show higher proliferative ability?"や"How about the quiescence of EpCAM-positive cells?"といった内容の質問・指摘が多く"多くの研究者が「癌幹細胞はphenotype、populationともにstaticな細胞集団である」と思い込んでいるんだなぁ"としみじみと思いながら"In my opinion, cancer stem cells are the dynamic cellular population which can rapidly change their phenotype depending on the change of the microenvironment, so that they can survive and are responsible for latent recurrence or distant metastasis."といった回答をしました。

中には「EpCAMは癌幹細胞マーカーではない」と指摘する研究者もおられましたが、EpCAMは数多くの固形腫瘍で高発現を認めており、その発現量は予後不良と相関することが知られています。細胞膜表面上でのEpCAM発現は血中循環腫瘍細胞(circulating tumor cells; CTC)を特定する上で汎用されており、血行性転移との関連性についても長らく研究が進められています。一方でEpCAMのシグナル伝達に関しては、CD44やNotchと同様に、γセクレターゼやADAM17によってEpCAMがsheddingを受けると細胞内ドメイン(EpICD)がFHL2、βカテニンと共役して核内移行しWnt/βカテニンシグナルを活性化することが報告されてはいますが(Nature Cell Biology 2009; 11: 162-171)が、残念ながらtherapeutic targetとしての研究には結びついていないのが現状です。確かに癌幹細胞の最もcommonな定義は「高い自己複製能と多分化能を備えた未分化な腫瘍細胞集団」ですが、癌幹細胞マーカーの機能が次第に明らかにされるにつれてより具体的な定義が提唱されはじめています。例えば癌幹細胞マーカーCD44 variant8-10 (R1)の発現がグルタチオン産生を促進することで活性酸素種(reactive oxygen species; ROS)を消去する方向に働く(Cancer Cell 2011;19:387-400)という知見から定義するならば、「癌幹細胞とは酸化ストレス抵抗性を獲得している細胞集団」ということができるでしょう。そこで「癌幹細胞とは細胞外エネルギー環境の変化を俊敏に感知して適応することができる細胞集団ではないのだろうか???」というworking hypothesisのもと、Wntシグナルとは別のシグナル伝達との関連性に着目して研究を進めてきました。その結果、従来まで免疫抑制剤として認識されていた薬剤が、実は「EpCAMによる腫瘍細胞の代謝制御」を阻害することを見出しました(Figure2-a)。癌幹細胞マーカーの機能に重視した研究はなかなか受け入れられない面もあると痛感しましたが、逆に、「腫瘍細胞ほど生存において狡猾な細胞が無駄な分子を発現しているはずがない!」という心理から、本研究に精進していきたいという思いが今回の学会発表でさらに強まりました。

11月17日に開催された日本病理学会にて『Wntシグナル病の観点からの肥厚性皮膚骨膜症の検討』を発表するために、最終日の16日まで参加できなかったことがこの上なく残念でした。ですが今回の学会は初日が午後開始ということもあって、初日に多少観光する時間がありました。現地の地理には全く不案内でしたので、市内観光バスを利用して観光スポット回りました。ドラマ『フルハウス』から連想していた通り、人口密度が高いためか、傾斜のある道が多い上に同じ形をした家が密接に建て並んでいました。やはり観光の目玉はゴールデンゲイトブリッジでした。鮮やかな色調と数学的に美しい対称性は非常に印象的でした(Figure3-a)。瀬戸大橋と姉妹関係にあるらしく、その記念碑や設計に携わった人物(Irving Morrow)の銅像なども広場に展示されていました。Twin Peaksと呼ばれる山上からは、見渡す限りの海岸線とサンフランシスコ中心部を含む都市部や住宅街を一望することができました。海岸付近では意外と波が高く、さすがに温度も低く、マリンスポーツをしている人の姿は見当たりませんでした。(Figure3-b)。

最後になりましたが、今回の研究・学会発表に当たり熱意ある御指導をくださった佐谷教授、永野助教ならびに応援してくださった遺伝子制御部門の皆様に感謝すると同時に、このような貴重な機会を与えてくださった幹細胞G-COEに携わっていらっしゃる方々(とりわけ事務的な手続きでお世話になった研究支援センターの佐々木さん、ポスター作製でお世話になった3F共利研の藤原さん)に心より感謝申し上げます。

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