慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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Young Researchers' Trip report


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Singapore Gastric Cancer Consortium(4th Annual Meeting)

氏名

吉田 剛
GCOE RA
先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門

詳細

GCOE Young Researcher Support Plan(2011年度)
参加日:2011年7月4日~2011年7月5日

活動レポート

胃癌の罹患率は世界レベルで肺癌、乳癌、大腸癌に次いで第4位であるが、日本、中国、韓国などのアジア諸国で特に高い。塩分の多い食事やヘリコバクター・ピロリ感染に伴う慢性萎縮性胃炎が前駆病変となることは昔から指摘されてきたが、その病態病理学に関しても腸上皮化生(intestinal metaplasia)の他に新たな疾患概念として「spasmolytic polypeptide expressing metaplasia (SPEM)」が提唱されるようになった。また、胃癌と一言でいっても病理組織型は多彩であり、典型的な腺癌の他に印鑑細胞癌、スキルス胃癌、AFP産生性胃癌などが存在する。転移形式も症例によって異なり、腹膜播種あるいは漿膜浸潤に加えて、両側卵巣への転移(Krukenberg腫瘍)やダグラス窩への転移(Schnitzler転移)といった「seed and soil theory」に基づくと考えられる特異的な転移形式を呈することもある。こうした臨床学的側面を踏まえて、固形腫瘍への新規治療アプローチを開発するべく、シンガポール大学では3年前から世界中の著名な癌研究者が一同に期して、お互いの研究成果を共有している。今回、僕は幸運にも第4回SGCC(Singapore Gastric Cancer Consortium;写真1-場所はシンガポール国立大学の卒業生会館2階の講堂、7月4日-5日の2日間にわたって開催)に参加する貴重な機会を得たので、数多ある胃癌の最先端研究/治療戦略のうちここで2つの興味深いテーマを報告するとともに、大学院研究への糸口になるであろう点をいくつか紹介したい。

まずVanderbilt大学外科医であるJames R Goldenring博士の発表内容を紹介したい。ヘリコバクター・ピロリ感染後の慢性炎症が原因となって胃底腺粘膜領域に萎縮が起こると、胃底腺管内の壁細胞の減少が起きることが知られている。すると腸上皮化生が起きるが、すべての萎縮胃底腺管が腸上皮化生腺管に置き換わっているわけではない。彼は、Columbia大学消化器内科のTimothy C Wangとともに、trefoil factor family(TFF) 2を異所性に発現し、壁細胞が消失した病変をSPEMと命名した。萎縮して壁細胞を失い、杯細胞がない腺管はどういう形態を有して前癌病変となるのかという命題に対する一つの答えと言える。Timothy C Wangは長年の間、SPEMや腫瘍間質細胞が骨髄由来(bone-marrow derived cell; BMDC)であることを主張してきたが、BMDCと癌幹細胞の間に果たしてどれほどの関連性があるのかについては未だ決着がついていない。またTFFというタンパクも不思議な発現様式を持っている。正常組織では発現しておらず、SPEMという特殊な前駆病変で一過性に発現し、そしてmalignant transformationして癌に進展するとまた消失する・・・この摩訶不思議な発現パターンを呈するTFFはoncogeneなのか?それともonco-suppressor geneなのか?偶然、ホテルから会場までのバスでGoldenring博士と隣の席だったので個人的に議論を交わすことができたことは、非常に光栄な機会であった。SPEMの世界的権威である研究者なので嘸かし物申せぬ雰囲気を醸し出しているのかと予想していたが大違いで、非常に若々しく「SPEMをこよなく愛している」研究者であることが、ひしひしと伝わってきた。普段自分が抱いているSPEMに関する疑問点、癌幹細胞との関連における今後の研究展開について改めて考えることができた。

次にシンガポール分子細胞生物学研究所の伊藤嘉明教授の発表内容を紹介したい。彼は京都大学ウイルス研究所にて白血病や胃癌の癌抑制遺伝子であるRUNX3を同定し、定年退官後に国家目標に「バイオ立国」を掲げるシンガポールへ移籍し本遺伝子の研究を続行した。p21の活性化とアポトーシスの誘導という両方の活性を有する点で、RUNX3は癌抑制遺伝子p53に似ていると主張。RUNX3はTGF-β/BMPシグナルカスケードの下流に位置し、標的遺伝子の発現制御を担う転写因子群のなかでもとりわけ重要である。TGF-βのシグナルに応答してp21(CDKインヒビター)の転写を活性化する機能を担うのがRunx3であること、またRUNX3はBim因子と結合することで胃粘膜上皮細胞のアポトーシスの誘導を行うことを彼らは証明した。胃癌の前駆病変である腸上皮化生の状態で、プロモーター近傍のDNAメチレーションによるエピジェネティックなサイレンシングにより、RUNX3の発現は顕著に低下する。これらの胃癌基礎研究の知見に基づき、RUNX3の発現変化やメチル化を指標とした微小転移診断や、放射線/化学療法への感受性診断や効果増強が実地臨床において可能になりつつある。

2日目の午後は、東北大学加齢医学研究所から2年前にシンガポール国立大学伊藤研究室に移籍された河府助教の御好意に甘えて、シンガポール観光スポットを案内していただいた。当初は7月3日の午前2時半に現地入りし、5日の夜中0時に日本へ経つという強行スケジュールだったため、正直な話、観光は完全にrule outしていた。まさに嬉しさ倍増であったが、ふと気づくと写真を撮りまくりいわゆる「Japanese tourist」になっていた。ちなみにマーライオンを「世界三大ガッカリ」の一つなどと侮辱する旅行雑誌もあるがとんでもない(写真2;マーライオンの前にて筆者。マーライオンは上半身がライオン、下半身が人魚のstatueである。隣に「ミニマーライオン」もいることは意外に知られていない)。その噴水力(嘔吐力?)は無意味にすごい。すぐ近くのお土産屋さんではマーライオンの巨大ぬいぐるみを愛犬ミシェル(シーズー、女の子;6歳)のために購入。

一つ残念だったことはポスタープレゼンテーションのコーナーに演題提出者(今回はシンガポール大学院生がほとんど)が全くいなかったこと。ポスターを貼りっぱなしで飾り物扱いでは、本人の研究をアピールすることができないのは当然なばかりか、若手研究者の学術交流の場でもある機会を逸することになる。逆に、慶應義塾大学医学部大学院G-COEではCOEXミーティング、Stem Cell Seminar、海外の若手研究者どうしの研究成果発表会を重視している。以上のことから、積極的にG-COE関連行事に参加することが、international scientistとして成長する絶好の機会であるかということを認識することができた。

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