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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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マウスES細胞から神経細胞への分化を方向づける因子の発見

論文紹介著者

原田 聖子(博士課程 1年)

原田 聖子(博士課程 1年)
GCOE RA
生理学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Kamiya D/Nature. 2011 Feb 24;470(7335):503-9. Epub 2011 Feb 16.

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Kamiya D, Banno S, Sasai N, Ohgushi M, Inomata H, Watanabe K, Kawada M, Yakura R, Kiyonari H, Nakao K, Jakt LM, Nishikawa S, Sasai Y.
Intrinsic transition of embryonic stem-cell differentiation into neural progenitors. Nature. 2011 Feb 24;470(7335):503-9. Epub 2011 Feb 16.

論文解説

はじめに

ES細胞から神経系への運命決定は、もともとES細胞自体に備わっている能力であると考えられて来ました。しかし、試験管下において、増殖因子(※1)や動物の血清を用いない状態で、未分化な細胞がどのように神経への運命決定をしていくのかはほとんど分かっていませんでした。

筆者たちは、マウスES細胞を用いた実験でZfp521という遺伝子が働くことによって、ES細胞が神経前駆細胞へ分化を開始することを明らかにしました。
筆者たちのグループは、以前SFEB法という試験管内でES細胞を高効率に神経細胞に分化誘導する系を確立していました。彼らは、支持細胞(※2)のない状態で動物の血清を使用しない培養液を用いて、細胞をその培養液中に浮遊させた状態で培養し、さらに神経分化を抑制する物質を阻害する因子を一時的に加えることによって、マウスES細胞の9割以上の細胞を神経細胞にすることに成功していました。

神経分化に関与しているまだ知られていない遺伝子を見つけたい!

今回の論文では筆者たちはこの方法を用いて、マウスES細胞から三日間神経細胞へと分化誘導を行い、神経前駆細胞へなったばかりの細胞と、未分化な状態の細胞をそれぞれ機械で分けて取ってきて、マイクロアレイ解析(※3)を行いました。
その結果の中から、神経前駆細胞へ分化したときに発現量が大きくなる遺伝子を絞り込みました。104個の遺伝子が神経分化に伴い、発現量が大きくなっていることが分かりました。筆者たちは、神経組織特異的に発現していた29個の遺伝子が神経分化に大きく関与しているのではないかと考え、実験を進めました。

絞り込んだ候補遺伝子をどう調べたのか?

次に29個の遺伝子について、遺伝子を操作することによりマウスES細胞の中で強制的に発現させる実験を行いました。その結果、神経への分化を促進させる遺伝子を1個発見しました。これが、Zfp21でした。
この遺伝子をマウスES細胞の中で強制的に発現させた場合、その細胞は神経になるための高い能力を持っていました。
逆に、この遺伝子の機能を阻害したマウスES細胞を用いて実験を行った場合、通常は神経細胞へ分化する条件下で細胞培養を行っても、神経細胞になりませんでした。筆者たちは、ヒトES細胞でこの遺伝子を抑えるような条件で実験を行い、神経へ分化誘導を行ったのですが、この場合でも神経細胞になる割合が大きく減りました。
この他に筆者たちは、この遺伝子の機能を阻害したマウスES細胞を用いて、神経以外の器官のもとになる領域に分化させたところ、問題なく分化が成功したと述べています。
つまり、Zfp21は未分化な細胞を神経前駆細胞へ方向づける時だけに必要な遺伝子であることがわかりました。

この遺伝子はどのような働きをしているのか?

筆者たちは、Zfp21がどのように神経細胞への分化を方向づけるのかを明らかにするために、細胞の核の中でどのように働いているのかを調べました。
その実験から、Zfp21は神経前駆細胞への分化が始まった後に、発現が上昇するいくつかの遺伝子と関わり合っていることが分かりました。つまり、Zfp21は神経の分化に関与する特定の遺伝子のスイッチを入れる働きに関与していることが分かりました。

最後に

ES細胞やiPS細胞は細胞治療のソースとして注目されています。しかし、多くの場合試験管下では増殖因子だけでなく、ウシ血清を加えることによって目的の細胞へ分化誘導を行っています。筆者たちのグループでは、細胞の性質をうまく活かすことによって、動物の血清を使用せずに神経前駆細胞を作り出す方法を作り上げていました。異種の動物血清を使用しないということは免疫拒絶の問題などを避けるといった意味で、将来的にヒトへの治療に応用する際に重要な条件でもあります。

また、私たちの体が形作られて行く過程では、神経細胞に限らず、すべての細胞、器官において多くの遺伝子が働いていることがわかっていますが、それでもまだ分かっていないことは多くあります。そして、試験管内で目的とする良質な細胞を作り出すためには、私たちの体がお母さんのお腹の中で育っていくのと同じような過程を再現する必要があります。

実際に医療に応用できる細胞を供給するためには、今回の論文のようにどのような遺伝子がどのような振る舞いをしているかをきちんと解明する必要があります。

このような基礎的な研究は「世界中の誰もが知らない事象を明らかにすること」であり、そのため一つの結果が得られるまでに非常に多くの実験を必要とし、膨大な時間がかかります。しかし、基礎的な研究の積み重ねが、実際に臨床応用されている治療等の礎になっていることを多くの方々に知っていただければ幸いです。

図

図:今回の論文のまとめ(論文本文より改訂)

解説

  • *1 増殖因子
    試験管内での細胞培養や、私たちの体の中において、細胞の増殖や分化を促すような物質。
    いろいろな物質が知られているが、タンパク質であるものが多い。
  • *2 支持細胞
    目的とする細胞の増殖や分化を助けるような細胞。さまざまな種類が使われている。
  • *3 マイクロアレイ解析
    ヒトやマウスなどそれぞれの生物種についての全ての遺伝子が、一枚のガラス板の上に載せられている。これを用いることで、用いたサンプルの中でどの遺伝子が強く発現しているかを、一度に見ることができる。

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