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グリオブラストーマ幹細胞様細胞は内皮細胞へ分化し、血管新生を誘導する
論文紹介著者

宮崎 潤一郎(博士課程 2年)
GCOE RA
先端医科学研究所 細胞情報研究部門
第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月
Lucia Ricci-Vitiani/Nature. 2010 Dec 9;468(7325):824-8.
文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)
Ricci-Vitiani L, Pallini R, Biffoni M, Todaro M, Invernici G, Cenci T, Maira G, Parati EA, Stassi G, Larocca LM, De Maria R. Tumour vascularization via endothelial differentiation of glioblastoma stem-like cells. Nature. 2010 Dec 9;468(7325):824-8.
論文解説
研究背景
癌の治療において、最も問題になる点として、発生した癌細胞が肝臓や肺など様々な他の臓器へ転移することが上げられます。そのメカニズムの一つとして、癌が新たな血管を作り出し、その血管にのって他の臓器へと転移する【血管新生】と呼ばれる現象があります。
これまでに、血管新生の研究は世界中で行われており、主に、血管内皮細胞増殖因子(※1)と呼ばれる因子により、血管新生が誘導されることがわかっています。多くの癌細胞は、この血管内皮細胞増殖因子を過剰に分泌しており、このことが原因で、腫瘍内に新たな血管が作られると考えられています。しかしながら、この新たに作られた血管の細胞はどこから来たものなのか、腫瘍由来か、あるいは間質細胞由来か、腫瘍内における血管内皮細胞の由来については未だに議論されています。
今回の紹介する論文では、神経膠芽腫(※2)(Glioblastoma;グリオブラストーマ)を例に取り、神経膠芽腫に含まれる内皮細胞(20~90%の範囲で、平均60.7%に当たる)には腫瘍細胞と同じゲノム変化が見られることを明らかにします。このことから、その血管内皮のかなりの割合が腫瘍由来であることを示します。
研究内容
Lucia Ricci-Vitiani等の研究グループは手術時に摘出したグリオブラストーマの腫瘍組織内にCD31+/CD144+内皮細胞(CD31、CD144は細胞表面に存在するタンパク質で、内皮細胞であることを示す細胞マーカーのこと)が存在することを確かめ、それらの細胞がグリオブラストーマ特異的な染色体異常を有していること示します。また、成熟内皮細胞のマーカーであるvWF(von Willebrand factor)とグリア細胞のマーカーであるGFAP(Glial fibrillary acidic protein;ここではグリオブラスーマのマーカーとして用いている)の蛍光免疫染色を行ったところ、両陽性である分画が存在することも明らかになりました。このことは、腫瘍組織内に存在する内皮細胞が、グリオブラストーマ由来であることを示しています。さらに彼等は、グリオブラストーマのなかでも、グリオブラストーマ幹細胞様細胞(glioblastoma stem-like cells, GSC;以下GSCという)と呼ばれる未分化度の高い細胞分画、CD133+陽性細胞が内皮細胞へと分化していることを示します。in vitroにおいて、このGSCを内皮細胞へ分化誘導させる条件化で培養すると、内皮細胞の表現型および機能の特徴をもつ細胞に分化することもわかりました。
さらに、GSCを免疫不全マウスの同所あるいは皮下に注入すると、異種移植腫瘍(※3)が発生し、その腫瘍内部に生じた血管を調べると、ヒト由来の内皮細胞で構成されていることがわかりました。マウスの異種移植片でGSCから生じた内皮細胞を選択的に標的とすると、腫瘍の退縮が引き起こされたことから、GSC由来内皮細胞による血管新生の機能的な意義が示されています。
今回の発見について
実は、この週のNature誌には、別の研究グループが行った、同様の研究内容の論文が掲載されています(Glioblastoma stem-like cells give rise to tumour endothelium;神経膠芽腫の幹細胞様細胞は腫瘍内皮を生じる)。この研究グループも、上述でのべたLucia Ricci-Vitiani等と同様、血管の内皮細胞の一部が腫瘍細胞と同じゲノム異常を示すことを手がかりに、研究証明をしていきます。また、ゲノム異状をもつ血管内皮細胞は、癌幹細胞様細胞由来(CD133+細胞)であることを示しています。彼らは、癌幹細胞様細胞がNotchシグナルによって内皮前駆細胞に分化し、さらにこれらがVEGF刺激によって血管を形成すると考えています(下図)。

この2グループが発表した、癌幹細胞が血管内皮細胞に分化し、それらを介した血管新生が生じるという現象は、これまでに無い全く新しい知見といえます。治療法の一つとして使用されている抗血管新生阻害剤は、腫瘍が出すVEGFを標的としており、癌幹細胞が内皮細胞へ分化することを阻害するものではありません。今回の発見は、現在使用されている抗血管新生作用阻害剤が無効となる機序についての新たな見方をもたらすものと考えられます。
他の癌種においても、癌幹細胞が血管内皮細胞へと分化し、血管新生を誘導するかについてはまだ不明ですが、癌幹細胞における新たな生物学的特性の発見であり、腫瘍の血管新生機構についての新たな手がかりとなることは間違いないと考えられます。
解説
- *1 血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor;VEGF)
脈管形成や血管新生に関与する一連の糖タンパク質。VEGFは。VEGFは主に血管内皮細胞表面にある血管内皮細胞増殖因子受容体 (VEGFR) にリガンドとして結合し、細胞分裂や遊走、分化を刺激したり、微小血管の血管透過性を亢進させたりする。正常な体の血管新生に関わる他、腫瘍の血管形成や転移など、悪性化の過程にも関与している。 - *2 神経膠芽腫(Glioblastoma;グリオブラストーマ)
グリア細胞由来の腫瘍であり、神経上皮性腫瘍の大部分を占める。ほとんどが悪性腫瘍である。神経膠腫(グリオーマ)の中でも、特に悪性度が高いことで知られる。 - *3 異種移植腫瘍
ヒト以外の動物の体を用いて移植や再生を行うことを異種移植という。ここでは、ヒト由来の腫瘍細胞をマウスに移植していることを指す。

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