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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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⊿Np63は転写因子Lshを介して、がん幹細胞の増加を促す

論文紹介著者

稲川 悠紀(博士課程 1年)

稲川 悠紀(博士課程 1年)
GCOE RA
先端医科学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

William M. Keyes/Cell Stem Cell, Volume 8, 164-176, Feb 4, 2011

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

William M. Keyes, Matteo Pecoraro, Victoria Aranda, Emma Vernersson-Lindahl, Wangzhi Li, Hannes Vogel, Xuecui Guo, Elvin L. Garcia, Tatyana V. Michurina, Grigori Enikolopov, Senthil K. Muthuswamy, and Alea A. Mills.
⊿Np63α Is an Oncogene that Targets Chromatin Remodeler Lsh to Drive Skin Stem Cell Proliferation and Tumorigenesis.
Cell Stem Cell, Volume 8, 164-176, 2011

論文解説

はじめに

がん化を防ぐ機構やその遺伝子の働きが失われることは、がんの発生で重要なステップの1つです。この機構に深く関わっている因子の1つに、p53遺伝子が良く知られています。近年、p53の遺伝子ファミリー(*1)である、p63やp73遺伝子の働きについても同じような働きがあるのか、強く関心がもたれています。
今回は、そのp63に関して、新たな知見が報告されましたので、紹介させていただきます。

p63遺伝子について

p63は、皮膚や乳腺などの組織で、幹細胞や前駆細胞が存在すると考えられている領域でよく発現している遺伝子です。p63遺伝子に関する研究としては、まずp63の働きを調べるために、この遺伝子を欠損させたマウスが作製されています。このマウスでは発生の段階で異常が生じ、生後すぐに死んでしまうことが報告されています。一方で、成長したマウスで、p63の欠損を誘導すると、細胞の増殖が止まり、加齢が進むという報告もなされています。
p63遺伝子は発生や組織の維持等に深く関与しているということがわかってきているのですが、がんにおけるp63の役割については、まだまだ分かっていないことが多いのです。

なかなか研究が進まない理由として、このp63遺伝子からは、大きく分けて、2つのタンパク質群:TAフォーム(TAp63)と、⊿Nフォーム(⊿Np63)(*2)が生じること。これらのタンパク質のがんで機能がそれぞれ異なる報告がなされていること。そして、p63を欠損させたマウスでは、どちらのフォームも作られなくなってしまうために、はっきりとしたことを示せないことなどが挙げられます。
最近、それぞれのタンパク質に注目した研究が進み、TAp63については、転移抑制機能があることが報告されました。一方で、⊿Np63は、いくつかのがんでの高発現が報告されており、p53の働きを阻害することが報告されています。2つのp63ファームを含めて、p63のがんにおける機能を理解するにはさらに研究が必要と考えられています。

研究内容

  1. ⊿Np63遺伝子は、幹細胞の特性を持つ細胞の増殖を促し、がん遺伝子として機能する。
    Millsらのグループは以前に、p63遺伝子を欠損させると、細胞の増殖に影響が出ることを報告しています。このことから、p63遺伝子がOIS(oncogene-induced senescence)(*3)に関与している仮説を立てました。マウス由来の正常上皮細胞に対して、がんで見つかる変異型のH-Ras遺伝子(以降Rasと表記します)を発現させると、OISが誘導されます。このときに、TAp63や⊿Np63を発現させるとOISが起こらなくなるか、まず検討しました。
    すると、⊿Np63を発現させると、細胞の増殖が見られ、OISが回避されました。それに対して、TAp63では変化は観察されず、細胞の増殖は停止したままでした。

    また、⊿Np63は幹細胞・前駆細胞でよく発現しているため、⊿Np63とRasを共に発現させた細胞(以降R⊿N細胞と呼びます)の幹細胞として特性を調べてみました。幹細胞の特性として、自己複製能や分化能を持つことなどが知られています。これらの特性を、3次元培養条件下で増殖能や、カルシウム刺激を介した分化誘導能、毛包由来(毛の組織)の幹細胞群の維持能で評価したところ、R⊿N細胞は幹細胞様の特性を示し、これらの細胞の増殖を促進している結果が得られました。そして、R⊿N細胞をマウスに移植すると、腫瘍の形成が観察されました。

  2. ⊿Np63によるOISの抑制機構の解明
    ⊿Np63によるOISの抑制はどのような機構によるものなのでしょうか?この機構を解明するために、MillsらはR⊿N細胞で発現している遺伝子群の解析を行いました。26の遺伝子の発現の上昇が見られ、この中からp63の制御を受ける転写因子Lsh(*4)を見出しました。
    そして、Millsらは続いて、R⊿N細胞において、Lshの発現を抑えると、細胞の増殖が低下すること。⊿Np63が高発現しているがん細胞株では、Lshも高発現していること。発生段階の組織や悪性病変、がん組織でp63とLshが同じ組織や細胞でよく発現していることを見出しました。

まとめ

今回の研究結果をまとめると、

  • ⊿Np63とRasの2つの遺伝子の働きにより、幹細胞としての特性を持った細胞集団の増加が引き起こされること。
  • また、この2つの遺伝子により、がんの抑制機構の1つであるOISが回避され、腫瘍の形成につながること。
  • OISを抑制する機構として、⊿Np63によりLshの発現が誘導されることが重要であることが示されました。

感想・今後の展望

p53の遺伝子ファミリーの1つであり、幹細胞・前駆細胞で発現しているp63の機能について、今回新たな知見が示され、⊿Np63が幹細胞の特性をもつ細胞集団の増加を助けている、⊿Np63はがん遺伝子であることが示唆されました。一方で、異なるフォームであるTAp63はがん抑制のほうに機能することが知られています。なぜこのような違いが生み出されているのかをはじめとして、p63に関する興味は尽きません。今後の研究や新たな発見がなされるのが楽しみです。

また、がん幹細胞は、化学療法等の治療に抵抗性を示すため、再発の原因となることがあります。幹細胞の増加に関わっている⊿Np63の機構が解明されることで、新しい治療法や標的薬等の開発に、今後つながっていくことが期待されます。そのためには、⊿Np63とLshによりOISが抑制されることが今回示されましたが、その機構の詳細な解明も必要とされるでしょう。


*最後に。TAp63に関しては、2011年11月12日にて、後藤さんが素晴らしいコラム・『TAp63のDicerを介した転移抑制機構』を書かれています。もし、p63に関して興味もっていただけたのならば、そちらのコラムも大変興味深いです。ぜひ、ご覧ください。

解説

  • *1 遺伝子ファミリー
    似通った構造や機能を持つ遺伝子の集まりのこと。
  • *2 TAフォーム(TAp63)と、⊿Nフォーム(⊿Np63)
    タンパク質合成の鋳型となるメッセンジャーRNA(mRNA)は、スプライシングと呼ばれる修飾過程を経て、成熟したmRNAとなります。このスプライシングの際に異なる修飾を受けることで、一つの前駆体mRNAから複数の成熟mRNAが生成されることがあります。p63には、転写活性化を制御する領域を有するTAp63と、その転写活性化を制御する領域(N末端側)を欠いた⊿Np63という、大きく分けて、2つのフォームがあります。(下図参照)

    図

  • *3 OIS(oncogene-induced senescence)
    がん遺伝子の出現により誘導される細胞増殖の停止。正常細胞における初期のがん抑制機構のこと。
  • *4 転写因子Lsh
    転写因子とは、DNAに特異的に結合するタンパク質の一群。DNAの特定の領域に結合し、転写の制御を介して、遺伝子の発現を正もしくは負の制御に関与します。Lsh(lymphoid-specific helicase)は、主に、遺伝子の発現を負に制御していることが知られています。

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