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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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血液の幹細胞を保存状態と臨戦態勢に分類するNカドヘリン

論文紹介著者

外山 弘文(博士課程 1年)

外山 弘文(博士課程 1年)
GCOE RA
発生・分化生物学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Jeffrey S. Haug/Cell Stem Cell. Volume 2, Issue 4, Pages 367-379, 10 April 2008

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Jeffrey S. Haug, Xi C. He, Justin C. Grindley, Joshua P. Wunderlich, Karin Gaudenz, Jason T. Ross, Ariel Paulson, Kathryn P. Wagner, Yucai Xie, Ruihong Zhu, Tong Yin, John M. Perry, Mark J. Hembree, Erin P. Redenbaugh, Glenn L. Radice, Christopher Seidel and Linheng Li. N-Cadherin Expression Level Distinguishes Reserved versus Primed States of Hematopoietic Stem Cells. Cell Stem Cell.2(4):367-79. 2008 Apr 10

論文解説

【造血幹細胞とNカドヘリン】

今回は血液の細胞を作る源となる幹細胞、すなわち造血幹細胞(※1)について、Nカドヘリンという分子との関連に注目した論文をわかりやすい言葉で紹介させていただきたいと思います。Nカドヘリンは細胞の表面に存在し細胞接着を担うカドヘリンという分子群の一つで、糖とタンパク質から構成されます。端的に言えば、細胞と細胞をつなぎ合わせるマジックテープのような役割を担っています。この分子は前述の造血幹細胞の表面にも存在しており、それがどの程度存在するかによって各々の造血幹細胞の性質が変わってくるという発見がこの論文の主旨です。

造血幹細胞はヒトの骨の内部の空洞に存在する骨髄の細胞の一つであり、非常に低い割合で存在します。造血幹細胞が存在する周囲の環境はニッチと呼ばれ、そこにある様々な細胞と相互作用することで造血幹細胞が維持されていることがわかっています。この造血幹細胞のニッチにはNカドヘリンを表面に持っている骨芽細胞と呼ばれる骨を作る元の細胞があります。これが造血幹細胞のNカドヘリンと結合することがわかっています。そこで、筆者らは造血幹細胞表面のNカドヘリンの量によって細胞の性質がどのように変わるのかを調べました。

【Nカドヘリンによる骨髄細胞の分類】

まず、造血幹細胞やより成熟した血液の細胞を含む骨髄の細胞全体を対象とし、FACS(※2)という細胞を分類する装置を利用してNカドヘリンの量が多い血球細胞、中程度の血球細胞、低度の血球細胞を区別することができました。すると、Nカドヘリンが高度の細胞には造血幹細胞とされる分画が存在せず、そこから形態を変えた成熟した細胞が多いことがわかりました。一方、興味深いことに、残りのNカドヘリンが中程度および低度の細胞集団は幹細胞を含んでいました。最も未熟で長期にわたって血液の細胞を維持できる潜在能力を持つ長期造血幹細胞の細胞集団を見ると、Nカドヘリンの量が中程度(以下N-cadint)、低度(以下N-cadlo)の2集団に分かれ、異なる様相を呈することが示唆されました。以下、この2つの細胞集団N-cadintおよびN-cadloに見られた違いを説明します。

(1) N-cadint(Nカドヘリン中程度):保存状態
長期造血幹細胞の大多数を構成します。このN-cadintの集団を分類し、放射線照射マウスに移植を行ったところ、生着率は低いことが示されました。骨髄移植の実験において、生着率は移植した造血幹細胞が移植されたレシピエントとなるマウスの体内でどの程度生き残って血球を生み出したかを表す指標になりますが、この造血幹細胞としての能力が低いことがわかりました。一方、N-cadintの細胞を一晩培養してから同様に移植を行うと、生着率が改善され、血液の細胞を生み出す幹細胞としての働きを得たことが示唆されました。
また、N-cadintの細胞の持つ遺伝子の解析を行ったところ、造血機能の長期維持に作用したり、細胞の接着を安定なものにしたりする働きがある遺伝子が作用していることがわかりました。つまり、N-cadintの細胞はreserved(保存された)状態にあり、長期間において造血を行う能力があると考えられます。

(2) N-cadlo(Nカドヘリン低度):臨戦態勢
長期造血幹細胞における少数の集団であり、(1)と同様の骨髄移植の実験では造血機構を顕著に回復できることがわかった。この集団の遺伝子を調べると、様々な刺激に対して増殖、分化(別の細胞に変化すること)を促したり、ニッチに留まらずに動員される運動性を担ったりする遺伝子が多く働いていることがわかりました。これはprimed、つまり誤解を恐れずに意訳すると臨戦態勢の造血幹細胞であり、血液を作らなければならないストレス状態に置かれた際に効果を発揮し、進行中の造血を積極的に支持する働きがある細胞であると考えられます。

以上のようにNカドヘリンがどれくらい細胞表面に存在するかによって、細胞の役割が異なってくるという見解は幹細胞の性質を考慮するうえで興味深いと思います。まだ議論の余地がある分野ですが、今後の研究の如何に注目したいです。

解説

  • *1 造血幹細胞
    血液中の様々な血球細胞を作り出すことができる幹細胞。幹細胞は分裂して自分のコピーを作って絶やさないようにする「自己複製能」と、他の細胞に自身の形態を変える「分化能」をもつ。造血幹細胞は自身を複製するとともに、白血球、赤血球、血小板など血液を構成する細胞を生み出している。
  • *2 FACS(Fluorescence Activated Cell Sorting)
    蛍光つきの抗体(特定の抗原と呼ばれるタンパク質などを認識して結合する糖たんぱく質)をつけて目的の細胞を液体中で流し、レーザー光を通過させる装置。これにより、それぞれの細胞が蛍光を生じるが、その光の波長を計測することで、細胞表面にある抗原(抗体が結合するタンパク質)の量を測定できる。また、その抗原の量によって細胞を分離して取ってくることもできる。

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