慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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ヒト胚性幹細胞から軟骨細胞への分化誘導

論文紹介著者

原田 聖子(博士課程 1年)

原田 聖子(博士課程 1年)
GCOE RA
生理学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Oldershaw RA/Nature Biotechnology. 2010 Nov;28(11):1187-94. Epub 2010 Oct 22.

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Oldershaw RA, Baxter MA, Lowe ET, Bates N, Grady LM, Soncin F, Brison DR, Hardingham TE, Kimber SJ.
Directed differentiation of human embryonic stem cells toward chondrocytes.
Nat Biotechnol. 2010 Nov;28(11):1187-94. Epub 2010 Oct 22.

論文解説

研究の背景

肘、膝などの関節の軟骨は私たちが手や足をスムーズに動かし、運動を行う上で非常に重要な役割を担っています。しかし、軟骨には血管が通っておらず、一度失われてしまうと自己修復を行うことは非常に難しく、そのために、加齢による軟骨の摩耗によって起こる変形性関節症(※)で治療を余儀なくされている方がたくさんいらっしゃいます。

新たに分かったこと

これまでにも、体外で軟骨細胞を作り出そうという研究は世界中で行われていました。しかし、研究の対象はすでに成熟化した軟骨細胞等を用いて行われており、未成熟かつ万能性を持つ細胞を用いた研究はほとんど行われていませんでした。
これまでにヒト胚性幹細胞(ES細胞)を用いて、いくつかの研究が行われていましたが、実験によって得られた軟骨細胞様の細胞の量は非常に少なく、より効率良く軟骨細胞を増やすための方法を考える必要がありました。

今回の論文では、私たちの体において軟骨細胞が作られる過程を、実験によって再現したことで、これまでに比べて非常に多くの軟骨細胞様の細胞を得ることができたというものです。

研究方法と結果

この論文では、ヒトES細胞を正常発生に沿った形式で軟骨細胞様の細胞へと分化させています。

私たちの体は元をたどれば、すべて一つの細胞から出来ています。一つの細胞は分裂を繰り返し、未分化な細胞集団となり、次に外胚葉、中胚葉、内胚葉という三つの「胚葉」(※)に分かれ、それぞれの器官を形成していきます。

筆者たちは二週間を三つの期間に分けて、実験を行っています。
まず、最初の三日間で万能性を持つES細胞から、最初に中内胚葉(※)に相当する細胞集団を作りだしました。
次に筆者たちは、中胚葉由来である軟骨細胞を作るために、中内胚葉に相当する細胞集団から中胚葉に相当する細胞を五日間で作り出しました。
最後の六日間で筆者たちは、中胚葉に相当する細胞から軟骨細胞様の細胞集団を作り出しました。得られた細胞は、軟骨細胞の指標であるSOX9(※)という遺伝子を非常に高い割合で発現しており、また軟骨細胞が分泌しているヒアルロン酸という物質を分泌していました。

図1

(図1)筆者たちが行った分化誘導の模式図(論文より改変)

今後の展望

この論文で得られた細胞は軟骨のもとになる細胞(これを筆者たちは「軟骨細胞様の細胞」と言っています。)です。そのため、実際の医療現場で応用されるためには、細胞の成熟化や安全性など越えなければならない課題はたくさんあります。また、今後医療現場での応用を目指す上で、どのような細胞を用いるかも検討する必要があると思います。

用語解説

  • 変形性関節症
    軟骨は骨と骨との間にあり、クッションの役割や滑らかな動きを担っています。変形性関節症では、軟骨がすり減り、滑らかな動きができなくなり、大きな摩擦を生じるようになります。一旦擦り減ってしまうと人間の体はそれを修復しようとしますが、正常な状態に修復することはできず、周囲の負担のかかっていない部分に影響を及ぼします。その結果として、炎症が起こったり、水(関節液)が溜まったりして、腫れ上がることもあります。また、軟骨だけではなく周囲の骨にも影響が及び、軟骨の下の骨が硬くなったり、骨棘(こつきょく)という突起ができたりして、関節の変形が起こります。
  • 胚葉
    胚発生(多細胞生物が受精卵から成体になるまでの過程)において、胚葉形成と呼ばれる細胞の系統分化が起きる。胚葉形成によって、外胚葉、中胚葉、内胚葉という三種類の細胞集団が形成されます。
  • 外胚葉
    将来の皮膚や髪の毛、脳や神経などを形作る部分。
  • 中胚葉
    来の血液や心臓、腎臓、筋肉などの器官となる部分。今回の論文で取り上げられている軟骨だけでなく骨や脂肪細胞もここに属しています。
  • 内胚葉
    将来の肝臓や膵臓、消化管などの器官となる部分。
  • 中内胚葉
    中胚葉や内胚葉はその運命を決定する前に、いずれにもなりうる能力を持つ細胞へと分化し、これを中内胚葉と呼んでいます。
  • SOX9(SRY-box containing gene 9)
    軟骨細胞の発生分化および機能にSox9、Sox5、Sox6が必須であることがこれまでに論文によって報告されている。その中でもSox9は生体内の全ての軟骨組織に発現し、そのため軟骨の発生において必要不可欠な遺伝子であると言える。
    また、図にも示しているように、Sox9はSOX5やSOX6と協調して、軟骨細胞の運命決定や分化、増殖に関与していることも分かっています。

図2

(図2)ES細胞から軟骨細胞への分化

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