慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
English

世界の幹細胞(関連)論文紹介


ホーム > 世界の幹細胞(関連)論文紹介 > リプログラミングを促進する小さなRNA

リプログラミングを促進する小さなRNA

論文紹介著者

平野 孝昌(博士課程 1年)

平野 孝昌(博士課程 1年)
GCOE RA
分子生物学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Zhonghan Li/EMBO J. 2011 Mar 2;30(5):823-34. Epub 2011 Feb 1.

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Zhonghan Li, Chao-Shun Yang, Katsuhiko Nakashima, Tariq M Rana
Small RNA-mediated regulation of iPS cell generation. EMBO J. 30(5):823-34

論文解説

はじめに

京都大学の山中伸弥教授らによって、4つの転写因子を分化した細胞に強制的に発現させることで、様々な細胞に分化可能であるES細胞と同等な細胞 (iPS細胞) に出来ること(リプログラミング)が発見されました(※1)。この山中教授らの研究成果は、再生医学に大きなインパクトを与えました。一方、基礎生物学的な視点でみると、転写因子が細胞の性質決定に非常に重要であるということが明らかになったとも言えます。近年、新たに細胞の性質決定に関与する因子として、22塩基程度の非常に小さなRNAである、マイクロRNA(microRNA: miRNA)というものが発見されました。現在では、転写因子と共に、miRNAが細胞の性質決定に重要な役割を果たしていると考えられています。今回、山中教授らが発見した転写因子と共に特定のmiRNAを導入すると、iPS細胞樹立の効率が上昇することが報告された論文を紹介したいと思います。

miRNAとは

miRNAは、2001年にAmbrosらによって発見された、ゲノム上にコードされている小さなRNAです。現在ヒトでは、1048種類ものmiRNAが確認されています。miRNAは、相補的な配列をもつmRNAに結合し、そのmRNAの翻訳を阻害したり、mRNAの分解を促進したりすることで、遺伝子の発現を抑制します。そのmiRNAの標的遺伝子の認識には、主に3'末端側の2-8塩基目の7塩基が重要であるとされ、この配列を"シード配列"と言われています。また、ひとつのmiRNAが複数の遺伝子を抑制することも報告されています。よってmiRNAは、細胞の性質の維持や分化にとって必要でない遺伝子の発現を抑制する、調節役を果たしていると考えられます。そこで筆者らは、iPS細胞樹立に関わるmiRNAがあるのではないかと考え、実験を進めました。

miRNAがiPS細胞作製効率を促進する

まず筆者らは、miRNA生合成に必須な因子を、RNAi(※2)という手法を用いて抑制した繊維芽細胞を用いて、山中4因子でiPS細胞作製を試みたところ、その樹立効率が劇的に減少することがわかりました。そこで、iPS細胞作製にはmiRNAが重要な役割を果たすことが強く示唆されます。次に筆者らは、どのmiRNAが重要であるかを調べる為に、iPS作製時の初期段階で発現が上昇するmiRNAに着目して解析を進めたところ、3つのmiRNAクラスター(※3)(mir-17~92, mir-106b~25, mir-106a~363)が候補に挙がりました。そのうち、mir-106b~25クラスターのmiRNAに注目し、これらmiRNAをリプログラミング因子と共に導入したところ、iPS細胞の誘導効率が数倍程度上昇することがわかりました。また、miRNAを用いたiPS細胞は多分化能を有することが確認されました。

miR-93とmiR-106bはTgfbr2とp21を制御する

mir-106b~25クラスターは、miR-106bとmiR-93、miR-25の3つのmiRNAをコードしています。そのうち、miR-106bとmiR-93は同じシード配列をもつことから、同じ標的遺伝子を持つと考えられます。そこで、miR-106bとmiR-93の標的遺伝子の解析を行ったところ、TGF-βシグナル経路の因子Tgfbr2と、G1/S期移行に関わるp21が制御されていることがわかりました。これまでに、TGF-βシグナルの阻害剤を用いると、iPS細胞の作製効率が上昇することが示されていました。よって、リプログラミング過程において、miR-93とmiR-106bがiPS細胞作製に阻害的に働くTGF-β経路を抑制していると考えられます。また、p21を過剰発現した細胞では、iPS細胞の作製効率が大きく減少することから、これらmiRNAの過剰発現によってリプログラミングが効率よく進むことが裏打ちされました。さらに、iPS細胞作製初期に発現が上昇した3つのmiRNAクラスターのmiRNAのうち、miR-106bやmiR-93と同様のシード配列をもつmiR-17やmiR-106aも、Tgfbp2やp21を抑制し、iPS細胞の作製効率を上昇させることが分かりました。よって、mir-17~92, mir-106b~25とmir-106a~363の3つのmiRNAクラスターは、リプログラミングを促進することが示されました。

図

おわりに

以上より、iPS細胞作製初期に上昇するmiRNAが、iPS細胞樹立効率を促進するという報告です。細胞は、リプログラミングの過程で状況が次々と変化していることが想定されます。ですので、リプログラミングの段階によって適切なmiRNAを導入してあげると、さらにiPS細胞樹立効率が上昇したり、iPS化の時間が短縮されたりするかもしれません。また、さらにリプログラミングに関わるmiRNAが存在するのではないか、とも考えられます。

最後に、現在東北や関東にかけて、震災による未曾有の被害を被りました。亡くなられた方にご冥福を祈ると共に、被災された方々にお見舞い申し上げます。また、被災地でご尽力されている方々にはとても胸を打たれます。私も、現状で出来る限りのことを行い、今のこの状況が少しでも良い方向へと動いてくれることを願っております。

解説

  • *1 iPS細胞、山中4因子、リプログラミング
    山中教授らは、分化した細胞にOct3/4, Sox2, Klf4及びc-Mycの4つ、またはc-Mycを除く3つの転写因子を導入することで、ES細胞と同等の多能性を持つ未分化な細胞である、iPS細胞が樹立出来ることを発見しました。この過程をリプログラミングともいい、リプログラミングを引き起こすこれら因子を、山中4因子、または山中3因子といわれています。
  • *2 RNAi
    二本鎖RNAの導入により誘導され、最終的に一本鎖のsiRNAへとプロセスされ、その配列と相補的な配列をもつmRNAと結合し、分解することで、その遺伝子発現を抑制する手法の総称です。
  • *3 miRNAクラスター
    miRNAはゲノム上にコードされおり、転写されたRNAの一部が切り出されて、最終的に成熟型のmiRNAとなります。miRNAクラスターとは、ひとつの転写されたRNAに複数のmiRNAが存在するものをさします。

Copyright © Keio University. All rights reserved.