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(2010/09/17) - iPS細胞に残る由来細胞の記憶
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(2010/09/03)
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iPS細胞に残る由来細胞の記憶
論文紹介著者

奥野 博庸(博士課程 2年)
GCOE RA
小児科学教室・生理学教室
第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月
K.Kim/Nature. 2010 Jul 19. [Epub ahead of print]
文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)
K. Kim,A. Doi,B. Wen,K. Ng,R. Zhao,P. Cahan,J. Kim,M. J. Aryee,H. Ji,L. I. R. Ehrlich, A. Yabuuchi,A. Takeuchi,K. C. Cunniff,H. Hongguang,S. Mckinney-Freeman, O. Naveiras,T. J. Yoon,R. A. Irizarry,N. Jung,J. Seita,J. Hanna,P. Murakami, R. Jaenisch,R. Weissleder,S. H. Orkin,I. L. Weissman, & G. Q. Daleygeorge.
Epigenetic memory in induced pluripotent stem cells. Nature. 2010 Jul 19. [Epub ahead of print]
論文解説
今回、私はiPS細胞(induced pluripotent stem cells)の性質に関する論文を取り挙げました。iPS細胞は、2006年に京都大学の山中教授らが世界で初めて作り出した細胞で、皮膚線維芽細胞に4つの転写因子(KLF-4,Oct3/4,Sox2,C-Myc)を遺伝子導入することで、自己複製能、多分化能をもつ、胚性幹細胞(ES細胞※1)に近い性質をもつ細胞のことを言います。この細胞は、患者自身の細胞から様々な体細胞を作り出すことを可能としたので、それを用いた再生医療の実現が期待されています。以前より研究されているES細胞も色々な細胞に分化させることができ、再生医療のtoolとして期待されていたのですが、(1)受精卵を壊すという倫理的問題、(2)細胞移植に伴う免疫拒絶の問題が課題として挙げられていました。iPS細胞はこれらの問題を回避することができると考えられています。
iPS細胞については多くの研究がなされ、当初はウィルスを用いた遺伝子導入が行れていたのですが、現在ではウィルスを用いずに遺伝子導入する方法が色々と開発されています。由来細胞も皮膚線維芽細胞に限らず、多様な細胞からiPS細胞を誘導できることができるようになりました。これらの多様な方法、多様な細胞から樹立したiPS細胞は本当に同じものであるのか? iPS細胞を実際に安全な医療資源とするためにはどういったものを用いればよいのか?という疑問を考えるにあたり、この論文がとても重要な手掛かりを与えてくれました。
ここで紹介する論文は、iPS細胞が由来する元細胞の情報をepigeneticな形※2で記憶しているということを示した論文です。Kim Kらは核移植によるリプログラミング(これにより作製されるES細胞がntES細胞※3)では体細胞の核が卵細胞質に移植されてすぐにDNA脱メチル化が起こるのに対し、iPS細胞樹立においては数日~数週間以上に渡ってDNA脱メチル化が起こることから、iPS細胞にはntES細胞と異なり"エピジェネティックメモリー"として元細胞のメチル化が残っているのではないかと考えました。それを調べるために、受精卵由来ES細胞(fES細胞)とリプログラミングにより多能性、自己複製能を獲得した核移植ES細胞(ntES細胞)、血球由来iPS細胞(B-iPS細胞)、線維芽細胞由来iPS細胞(F-iPS細胞)を作り、分化能とDNAのメチル化を比較してみました。
彼らはまずfES細胞、ntES細胞、B-iPS細胞、F-iPS細胞より造血コロニーおよび骨芽細胞(線維芽細胞と似た系列の細胞)を誘導し、各々の形成効率をみました。造血コロニーの形成は血球由来iPS細胞が皮膚線維芽細胞由来iPS細胞より高効率で、骨芽細胞の誘導は皮膚線維芽細胞由来iPS細胞が血液由来iPS細胞より高効率でした。fES細胞、ntES細胞はさらに高効率に造血コロニーおよび骨芽細胞を誘導することができました。さらに、彼らはメチル化可変領域 (DMR:differentially methylated regions)を網羅的に解析しました。DMRは様々な転写因子の発現に関わっており、メチル化(DNAを構成する塩基の1つであるシトシン残基にメチル基がつくこと)されると発現が'OFF'、脱メチル化されると発現が'ON'になります。細胞の種類によってそれぞれ必要な遺伝子・必要でない遺伝子が異なっていますが、このDMRにより個々の細胞において発現する遺伝子が制御されています。ntES細胞、fES細胞はDMRのメチル化パターンが類似していましたが、iPS細胞は血球細胞由来も皮膚線維芽細胞由来もES細胞と異なるパターンを示し全体的に高メチル化な状態でした。またB-iPS細胞では造血関連遺伝子座が非メチル化、線維芽細胞特異的遺伝子がメチル化される傾向にあり、F-iPS細胞ではその逆の傾向が見られました。 つまり、iPS細胞は由来細胞種の系列に関係する因子が'ON'になったままで、他の細胞系列に関係する因子が'OFF'となっていることがわかったのです。以上に加えて、多能性に密接に関わる転写因子のDNA結合領域に関連するメチル化可変領域についても調べてみると、ntES細胞とfES細胞は多能性に関わるとても重要な転写因子結合部位で相違が少ない一方、F-iPS細胞はB-iPS細胞よりも高メチル化(つまり遺伝子発現が'OFF')であり、多能性に関わる重要な部分がしっかりと発現できてないことがわかりました。これらのことより、fES細胞やntES細胞と異なり、iPS細胞には元の細胞の記憶がepigenetic marksとして記憶されていることが分かりました。
このことを利用して、ある細胞を効率よくiPS細胞より分化させるためには、同じ系列の細胞を由来細胞として樹立したiPS細胞を用いるほうが効率よく目的とする細胞を作製できると言えます。しかし、この論文と同時期に発表された別の報告によると、こういった記憶も繰り返し培養する(継代)と消失することが示されていました。つまり、iPS細胞を樹立した当初は元細胞の記憶を持っているが、繰りかえし継代するとその記憶もなくなっていくようなのです。
今回の論文でiPS細胞の性質をみるときに、ゲノム情報だけではなくepigeneticsがとても重要となることが再確認されました。iPS細胞を含む幹細胞についての新たな知見が積み重なることで再生医療が実現可能になっていくのだと感じました。
用語解説
- ※1 胚性幹細胞(ES細胞)
受精卵が胚盤胞になったと呼ばれる段階にまで発生したところで胚盤胞内部にある内部細胞塊を取り出し、特定の培養条件で培養をすると内部細胞塊が増殖を始める。これが多分化能、自己複製能力をもちES細胞と呼ばれる。文中ではこの方法により作製したES細胞をfES細胞と呼んでいる。 - ※2 エピジェネティクス
DNA配列の変化を伴うことなく、DNAへの後天的な作用により形質変異が生じる機構のことをいう。DNA塩基(シトシン)のメチル化が関係している。 - ※3 ntES細胞
卵子の核と体細胞の核と置換することでリプログラミングが起こるという現象は、iPS細胞が登場する以前から知られていた。この技術をもちいてリプログラミンングしたクローン胚を経て胚盤胞を作り、その内部細胞塊を用いて作成したES細胞のこと。これにより患者由来ES細胞を理論的には樹立可能であるが、現時点ではヒトで高効率で核移植を行うことが困難である。

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