慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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X染色体上の遺伝子発現を正常化させると、体細胞クローン胚の生産効率は著しく向上する

論文紹介著者

佐藤 智子(博士課程 2年)

佐藤 智子(博士課程 2年)
GCOE RA
小児科学

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Kimiko Inoue/Science 2010 Oct 22;330(6003):496-9

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Impeding Xist expression from the active X Chromosome Improves mouse somatic cell nuclear transfer
Inoue K, Kohda T, Sugimoto M, Sado T, Ogonuki N, Matoba S, Shiura H, Ikeda R, Mochida K, Fujii T, Sawai K, Otte AP, Tian XC, Yang X, Ishino F, Abe K, Ogura A.
Science 2010 Oct 22;330(6003):496-9

論文解説

<研究の背景>

体細胞クローン技術とは、同じ遺伝情報をもった「コピー」を生産できる核移植技術の1つです。1996年に体細胞クローン羊「ドリー」が誕生したことで、その技術は広く世間に知られることとなりました。そして現在までに20を超える種においてクローン動物の産生に成功しています。しかし、その後10年以上の歳月が過ぎた現在でもなお体細胞クローン動物の生産効率は1%台と著しく低く、何故体細胞核移植に特異的なエラーが生じるのか、明らかではありませんでした。

<新規発見>

研究グループはまず網羅的遺伝子発現解析を行い、着床前のマウス体細胞クローン胚(胚盤胞)において、性染色体の1つであるX染色体上の遺伝子発現が有意に低下していることを見つけました。そしてその原因がX染色体上のXist遺伝子の異常発現であることを明らかにしました。さらにこのXist遺伝子の発現を抑制することにより、X染色体上の遺伝子のみならず、常染色体上の遺伝子発現をも正常化することが明らかとなりました。この事実は、Xist遺伝子の発現異常が、クローン胚の遺伝子発現異常全体に大きくかかわっていることを示唆します。

<体細胞核移植とは?~クローン羊ドリーの誕生~>

図

ドリーが誕生したのは1996年。イギリス・ロスリン研究所のIan Wilmut博士を中心とした研究チームにより1997年に報告されました。その誕生までの道のりは以下の通りです。

  1. 大人の雌羊(A羊)の乳腺細胞を採取する。
  2. 大人の雌羊(B羊)から卵子を採取し、核(DNA)を除去する。
  3. A羊の乳腺細胞を、核を除去したB羊の卵子に入れる。
  4. 電気刺激を与えて細胞融合すると、細胞分裂が始まる。
  5. 胚の状態まで分裂した細胞を大人の雌羊(C羊とします)の子宮に入れる。
  6. C羊がドリーを出産。

ドリーはC羊から産まれましたが、C羊の遺伝情報は持っておらず、A羊と全く同じ遺伝情報を持っています。つまり、C羊はA羊のクローンです。このように、細胞を人為的に初期化し、再生医療に役立てるというアイデアが、iPS細胞の誕生に繋がっていきました。
 (文部科学省iPS細胞等研究ネットワーク「iPS Trend」より抜粋、一部改変)

 

<研究方法と結果>

体細胞クローン胚では何故生産効率が低いのか?その原因を探るべく、研究グループはマウスの体細胞クローン胚と通常のIVF( In vitro fertilisation:体外受精 ) により得られたコントロール胚とで、網羅的に遺伝子発現量を比較しました。その結果、とくにX染色体においてその遺伝子発現量は著しく低値であることがわかりました。この異常がX染色体上で特異的に認められたことから、筆者らはその原因がX染色体の不活化を制御するXist遺伝子の発現異常ではないかと予測しました。そこで、雌雄両方のクローン胚を用いてXist遺伝子の発現を調べたところ、各々に1本ずつ存在する活性化X染色体上に、本来発現しないはずのXist遺伝子が発現している(異所性発現)ことを確認しました。このXist遺伝子の異所性発現は4細胞期に始まり、その後増加していきます。そこで、Xist遺伝子の発現異常が発生におよぼす影響を調べるために、Xist遺伝子を欠損するマウス(Xistノックアウトマウス)を作成しました。その結果、これらのマウスから得られたクローン胚からは、従来の8-9倍の効率(卵子胚由来クローンで12.7%、精子胚由来クローンで14.4%)で産仔が得られました。

<今後の展望>

前述のクローン羊「ドリー」の誕生以来、体細胞クローンの生産効率はなかなか上昇せず、その原因究明が続けられてきました。その結果、いくつかの体細胞クローン動物特有の異常が明らかとなりましたが、生産効率の改善には至りませんでした。本研究グループは体細胞クローンの生産効率が悪い原因が、X染色体の不活化を制御するXist遺伝子の発現異常であることを解明し、さらにその発現を正常化させることにより体細胞クローンの生産効率を著しく向上させることができるというところまで大きく踏み込んだ、非常に意義深いものと考えます。今後、Xist遺伝子の発現異常をコントロールすることにより体細胞核移植技術が改良され、飛躍的にその生産効率が上がる可能性があります。マウス以外の動物への応用が可能になれば、製薬業、再生医療、農畜産業などの幅広い分野での実用化が進むことが期待されます。

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