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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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急性骨髄性白血病のがん幹細胞への集中的治療を可能にするTIM-3

論文紹介著者

松元 芳子(博士課程 2年)

松元 芳子(博士課程 2年)
GCOE RA
発生・分化生物学教室

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Yoshikane Kikushige/Cell Stem Cell. 2010 Dec 3;7(6):708-17.

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Kikushige Y, Shima T, Takayanagi S, Urata S, Miyamoto T, Iwasaki H, Takenaka K, Teshima T, Tanaka T, Inagaki Y, Akashi K. TIM-3 is a promising target to selectively kill acute myeloid leukemia stem cells. Cell Stem Cell. 2010 Dec 3;7(6):708-17.

論文解説

背景

白血病とは「血液のがん」とも呼ばれる血液細胞の悪性腫瘍のことで、骨髄系の異常な血液細胞が増える骨髄性白血病(Myeloid Leukemia)とリンパ球系の異常な血液細胞が増えるリンパ性白血病(Lymphoid Leukemia)に大別することができます*1。さらにそれぞれは、腫瘍細胞が分化能を失っているか維持しているかによって、前者を急性白血病、後者を慢性白血病と分類できます。従って、白血病は大きく

急性骨髄性白血病(Acute Myeloid Leukemia; AML)
慢性骨髄性白血病(Chronic Myeloid Leukemia; CML)
急性リンパ性白血病(Acute Lymphoid Leukemia; ALL)
慢性リンパ性白血病(Chronic Lymphoid Leukemia; CLL)

の4つに分類することができます。この論文では、AMLに注目し、新たなAMLの治療戦略につながる分子が示されています。

白血病の治療は主に、化学療法と放射線療法(がん化した血液細胞をたたく目的)に、骨髄移植(患者の骨髄を正常な血液細胞に置き換える目的)を組み合わせて行いますが、いくつかの解決すべき問題があります。

まず、化学療法で用いられる抗がん剤は正常な血液細胞や組織細胞に対しても毒性があり、治療による患者への負担は大きいです。
また、白血球・赤血球・血小板といった様々な種類の血液細胞が造血幹細胞と呼ばれる大元の未分化細胞から分化するのと同様に、白血病細胞の中にも少数のがん幹細胞(Leukemic stem cell; LSC)が存在することが明らかとされています。こうしたがん幹細胞は細胞周期が停止しており、主に細胞周期を回っている細胞を標的とする一般の抗がん剤に耐性を示します。このため、現在の標準的な化学療法で、~90%の患者の急性骨髄性白血病は一旦は寛解に持ち込むことができますがこのうち~60%の患者ではこのがん幹細胞を除去できていないために、再発してしまいます。

AMLのがん幹細胞に特徴的に発現し、正常な造血幹細胞には発現していない細胞表面分子の検索

さて、こうした問題をクリアできる理想の治療法は、「白血病細胞だけでなく白血病幹細胞を効果的にたたくことができ、かつ正常幹細胞にはダメージを与えないもの」ということになります。この論文では、こうした治療法の開発につながる成果が報告されています。

九州大学医学部病態修復内科学の赤司浩一教授らは、患者検体から得られた骨髄細胞と健常者からの骨髄細胞を、細胞表面にあるCD34、CD38といったタンパク質(細胞表面抗原)の有無で選択して解析を行いました。具体的には、AML検体のうちでもがん幹細胞を多く含むCD34+CD38- AML細胞分画と、健常検体のうちでも正常な造血幹細胞を多く含むCD34+CD38-細胞分画における遺伝子発現の違いを網羅的に調べ(マイクロアレイ法)比較しました。この結果、正常造血幹細胞に比べCD34+CD38- AML細胞ではT cell immunoglobulin mucin-3(TIM-3)という細胞表面分子が多く発現していることが明らかになりました。TIM-3の発現について患者検体を用いて詳細に検討したところ、AMLをさらに詳細に分類した8系統の白血病(M0-M7)のうち、M3をのぞく系統では、がん幹細胞・がん前駆細胞分画(CD34+CD38+/-)に含まれる大多数の細胞においてTIM-3が発現していることを確認できました。

AMLがん幹細胞はTIM-3を発現している一方で正常造血幹細胞はTIM-3を発現していない

ここで、患者より得られたAML細胞をTIM-3 positive(+)とnegative(-)に分けて免疫不全マウス*3に移植したところ、TIM-3 +なAML細胞を移植されたマウスでのみAMLの発症が認められました。このことは、AMLのがん幹細胞はTIM-3+の分画に含まれており、TIM-3を発現しているAMLがん細胞をたたくことができれば、AMLを治療でき、さらに再発の恐れが少ない、ということを示しています。一方で筆者らは正常血液においてはTIM-3は単球系にある程度分化した細胞で発現しており、造血幹細胞では発現していないことを確認しました。

TIM-3を標的とした抗体によるがん幹細胞治療

そこで、筆者らはTIM-3を発現しているAMLのがん幹細胞を治療標的とするために、TIM-3に対する抗体を作成し、αTIM-3抗体を用いた抗体療法*2の効果をマウスモデルを用いて検証しました。

まずはじめに、免疫不全マウスにヒトの骨髄幹・前駆細胞(CD34+細胞)を移植し、同時にこのマウスにαTIM-3抗体を一定期間投与しました。するとヒトCD34+細胞はαTIM-3抗体を投与しなかった場合と同様にマウスに生着し、αTIM-3抗体は正常幹細胞には障害を与えないことを確認できました。

続いて、AML患者の骨髄からの血液細胞を同じように免疫不全マウスに移植し、先ほどの実験と同様にαTIM-3抗体を一定期間連続投与しました。すると、αTIM-3抗体の投与によって、ヒトAML細胞のマウスへの生着を有意に抑制することができました。さらに、免疫不全マウスに少数ながら生着したヒトAML細胞をレシピエントマウスから回収し、あらたな免疫不全マウスに移植(二次移植)したところ、二次移植をうけたマウスではヒトAML細胞の生着は認められず、一次移植を受けたレシピエントマウスの体内で、αTIM-3抗体によって、がん幹細胞がきちんとたたかれていたことが分かりました。

白血病の「親玉」であるがん幹細胞をターゲットとし、かつ正常幹細胞には障害を与えない理想の治療法を実現するためには、如何にがん幹細胞を正常幹細胞と区別するかがキーとなります。TIM-3の今後の臨床応用に向けた動きに期待していきたいと思います。

解説

  • *1 骨髄系・リンパ球系
    骨髄系とは好中球・好酸球・好塩基球・単球・赤血球などおよびその前駆細胞のこと。
    リンパ球系とはT細胞、B細胞、NK細胞などおよびこれらの前駆細胞のこと。
  • *2 抗体療法
    特定表面抗原をもつ細胞だけをターゲットとして傷害することのできる治療法。抗体が特定の抗原(この論文ではTIM-3)に結合すると、抗体によって補体系が活性化されたり(CDC (complement-dependent cytotoxicity))、マクロファージやNK細胞が呼び寄せられて(ADCC(antibody-dependent cellular cytotoxicity))細胞が傷害される。
  • *3 免疫不全マウス
    T細胞・B細胞・NK細胞などを欠損しているために免疫能が低下しており、異種細胞への拒否能が低く、動物種をこえた移植実験などが可能なマウス。

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