慶應義塾大学 グローバルCOEプログラム 幹細胞医学のための教育研究拠点
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世界の幹細胞(関連)論文紹介


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癌細胞をリプログラミングする

論文紹介著者

樺嶋 彩乃(博士課程 1年)

樺嶋 彩乃(博士課程 1年)
GCOE RA
内科学(消化器)

第一著者名・掲載雑誌・号・掲載年月

Norikatsu Miyoshi/PNAS vol.107 no.1 40-45 Jan 5, 2010

文献の英文表記:著者名・論文の表題・雑誌名・巻・号・ページ・発行年(西暦)

Norikatsu Miyoshi, Hideshi Ishii, Ken-ichi Nagai, Hiromitsu Hoshino, Koshi Mimori, Fumiaki Tanaka, Hiroaki Nagano, Mitsugu Sekimoto, Yuichiro Doki, and Masaki Mori Proc Natl Acad Sci U S A. 2010 Jan 5;107(1):40-5.

論文解説

正常組織の中には組織幹細胞と呼ばれる幹細胞が存在し、各々の組織の恒常性を維持するために役立っていることは広く知られています。近年、癌組織を構成する細胞の中にも正常組織と同様に癌幹細胞 (cancer stem cells)と呼ばれる細胞が存在し、その細胞が元となり癌組織を構成している可能性が指摘されています。現在までのところ、この癌幹細胞は通常の組織幹細胞が遺伝子的に、あるいはエピジェネティクス(※1)的に異常をきたしたものであるという見方が強く、その性質は正常幹細胞と非常に似かよっているものも少なくありません。また、これら癌幹細胞は抗癌剤や放射線治療に対する抵抗性、癌の進展の中心となっていると考えられており、最も治療標的とするべき細胞です。

癌細胞からのiPS様細胞(iPC細胞)の作製

筆者らはまず、iPS細胞(※2)を作成する際に導入する4つの転写因子(Oct3/4, SOX2, KLF4, c-Myc)を大腸癌の細胞に遺伝子導入させました。出来上がった細胞は形態・遺伝子発現などがiPS細胞に酷似しており、また、ES細胞(※3)に特異的な表面抗原も発現していたことから、筆者らはこの細胞をiPC細胞と名付けました。

作成したiPC細胞は特殊な方法にて培養していましたが、更にこの細胞をもとの癌細胞と同条件で培養し得られた細胞を筆者らは特にpost iPC細胞と名付け、癌細胞としての様々な特徴についてもとの癌細胞 (parental cells)との比較を行っていきました。

iPC由来細胞の特徴

i )癌細胞としての性質に関する解析
癌細胞の特徴として、「活発な増殖能」、そして他の臓器に転移するための重要なプロセスである「浸潤能」などがありますが、post iPC細胞ではその増殖能や浸潤能などが低下をしており、いわゆる腫瘍の進展に関わる性質が減退していることが示されました。また、免疫不全マウスにおける腫瘍形成能も低下するなど、悪性細胞としての能力が低下していることが示されました。
ii )癌幹細胞の性質に関する解析
筆者らは更にこのpost iPC細胞の持つ特徴について詳細な解析を進めました。
大腸癌ではCD24,CD44が癌幹細胞としての性格を持つ細胞に高く発現しており、癌幹細胞を特定する「マーカー」として用いられています。まず、得られたpost iPC細胞においてCD24, CD44を発現する細胞の割合を解析したところ、parental cellsに比較し、癌幹細胞分画とされているCD44陽性細胞が減少していることが分かりました。また、癌幹細胞の特徴の一つでもある抗癌剤の抵抗性について調べたところ、抗癌剤に対する反応性の上昇が認められました。

このように、癌細胞をiPS細胞様に変化させたことで癌としての悪性度が緩和されたのです。

今後の展望

全ての癌細胞を抗癌剤で死滅させることは困難であり、仮に画像検査で腫瘍を認められなくなるほどまで効果が認められたとしても、数年後に再発する例も決して少なくありません。それらの根源となるものが癌幹細胞の存在であると言われています。筆者らは論文中で、癌細胞に対しリプログラミングという操作を加えたことで、癌抑制遺伝子などの再活性化が起こり、悪性細胞としての性質が抑制されたと言っています。解決するべき点は多々ありそうですが、このことを応用すれば治療抵抗性の性質を持つ癌幹細胞を正常細胞へ変化させること、抗癌剤や放射線療法などの治療効果を上げることへの手助けとなるかもしれません。

用語解説

  • ※1 エピジェネティクス
    後天的な修飾により遺伝子発現が制御されることに起因する遺伝子学あるいは分子生物学の研究分野。例えば、私たちの体は様々な組織から構成されていますが、これらは別々の細胞で構成されています。どの細胞も同じ遺伝情報を持っていますが、各々組織特有の細胞になれるのは、使う遺伝子と使わない遺伝子が存在し、その発現が制御されているためです。
  • ※2 iPS細胞
    ヒトの皮膚などの体細胞に、ある特殊な数種の遺伝子を導入し培養することによってできる、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力を持つ多能性幹細胞。体細胞が多能性幹細胞に変わることを専門用語で「リプログラミング」といいます。
  • ※3 ES細胞
    胚性幹細胞と呼ばれ、動物の発生初期段階の胚の一部である細胞より作られます。生体外にて理論上全ての組織に分化する分化多能性を保ちつつ、ほぼ無限に増殖させることが可能。ただし、作成には受精卵が必要であるため様々な倫理的問題が存在します。

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